ゲッターロボ-The beginning- 007(第2章) ― 2008年03月26日 08時25分19秒
---第2章 異形の者---
田宮美奈子は竜崎達也の下宿する古びた木造アパートの二階の部屋で、竜崎の帰りを一人待っていた。
窓の外は夕焼けの色に染まり始めている。
竜崎の部屋には美奈子には到底理解出来ないような、難しい学術書が所狭しと置かれ、本棚から溢れ出した本の山が畳の上に何段も平積みされていた。
その雑然さを除けば、研究一筋である竜崎の性格をそのまま表したような、まるで今日の若者らしさの感じられない何ともシンプルな部屋である。
美奈子は、昔と変わらないそんな竜崎を感じられたから、この部屋を好きになれた。
何より彼の勉強机の上に、散乱するノートや筆記用具に埋もれながら、写真立てが顔を覗かせているのに気付いた時は、嬉しくて涙が出そうになった。
飾られていた写真に写っているのは、二人の姿。
椅子に座る美奈子の傍らに立つ学生服姿の竜崎の写真。
それは、竜崎が田舎を出る際に二人で写真館に寄り、撮影してもらった物だ。
その写真の中の竜崎は、優しく美奈子の傍で微笑んでいる。
だから、美奈子はただ待ち続ける事になっても辛くはなかった。
その畳の部屋で、美奈子は正座をしながら、竜崎の帰りを待っている。
ここまで案内をしてもらった和子は先に帰した。
大家に鍵を貸してもらえ竜崎の部屋に入れた事で、美奈子は一人で待てると思えたからだ。
変わらぬ竜崎の姿が感じられるこの部屋の匂いに触れられたから。
美奈子は竜崎を信じる事が出来た。
「皆さん、いい人達ですね」
見知らぬ他人である美奈子を心配して、優しく接してくれる早乙女や和子。
都会は怖い所だと思っていた美奈子にとって、あのような人達に囲まれている竜崎はきっと幸せな日々を送れているのだと、安心する。——だから、
「私は、いつまででも達也さんを待ちますよ」
机の上の写真に、そう語り掛けるのである。
待ち続けると決めたとはいえ、女一人で初めて田舎を遠く離れた疲れもあったのだろう。
美奈子はいつしかうたた寝をしてしまっていた。
夕焼けの赤色が深まり始めた時、部屋の戸が乱暴な音を立てて突然開いた。
「……美奈子……か……?」
その声に美奈子が驚き振り向くと、大男が部屋に倒れ込んだ。
「達也さん!」
美奈子の目に飛び込んだ竜崎の姿は、まるで別人のようだった。
美奈子の知る竜崎の姿より体格が二回りは大きく、身体中が厚い筋肉で覆われている。
美奈子は慌てて竜崎の傍に駆け寄った。
倒れ込んだ竜崎の衣服はボロボロで、その顔は土気色をしている。
破れた衣服から覗く筋肉からは血管が浮き出ていて、小刻みに脈動していた。
美奈子は、その場で気を失ってしまった達也を懸命に部屋の中に運び、布団に寝かし付ける。
細腕の美奈子には、かなりの重労働である。
うなされる竜崎の顔を見て、美奈子は心配になった。
——この人に、いったい何があったのだろう——
大柄でこそあったが、田舎に居た時の細身の竜崎しか美奈子は知らない。
美奈子は湿らせた自分のハンカチで竜崎の額に浮き出る汗を拭いながら、自分の知らない竜崎がそこに居る事を、少し悲しく思えた。
「いけない、お医者さんを呼ばないと……」
気が動転して、そんな事にも気付かない自分を恥ながら美奈子が立ち上がろうとした時、竜崎の意識が戻った。
「……美奈子」
「達也さん! 気が付いたのね?
待っててください、今、お医者さんを呼んで来ますから!」
大家に電話を借りようと立ち上がる美奈子の手を掴み、竜崎が引き止める。
「……医者はいい……医者はいいんだ」
「でも……」
真剣で、それでいて悲しそうな彼の瞳を見て、美奈子は竜崎の枕元に座った。
「……美奈子……どうして来た……」
「だって、心配だったから」
「帰れ……」
竜崎の言葉に、美奈子は目に涙を溜めた。
「そんな……突然連絡が無くなったから、心配して来たんですよ」
竜崎は両肘を付き、上体を布団から起こした。
「そうか……迷惑を掛けてすまなかったな……
でも、もう帰ってくれ」
「どうしてですか? 連絡もせずに、勝手に来た事は謝ります。
でも連絡を取ろうにも、達也さん、何処に居るのかわからなかったから……
それなのに会えた途端に帰れだなんて、私、どうしていいかわかりません……」
二人の間に沈黙が流れる。
涙を溜めた美奈子が訊ねた。
「私の事、嫌いになられたのですか?」
一拍の間を置いて、竜崎が答える。
「……そうだ」
美奈子の目から涙が溢れた。
「嘘です! そんな見え透いた嘘、私にだってわかります!
だって、二人で撮った写真をあんなに大切にしてくれているじゃありませんか!?」
「それは……」
「何で私の事をそんなに避けようとするんですか? 何かあったんですか?
理由を教えて下さい!」
「俺と居ると、お前を不幸にしてしまう……」
涙を流し訴える美奈子から目を逸らす竜崎。
「私は平気です。
どんな苦労があっても、達也さんと一緒に居られるだけで幸せですから——」
言葉を被せるように竜崎が声を上げる!
「そういう話じゃ無いんだ!!」
竜崎のあまりの声の大きさに、びくりとする美奈子。
しかし、気丈にも言葉を返し続ける。
「達也さんに何があったのかわかりません……でも、私の気持ちは変わらない昔のままです。
ずっとずっと、あなたに付いて行きます。だから……」
「だまれ!!!」
竜崎は思わず美奈子の頬を平手打ちしてしまった。
美奈子の長い黒髪が揺れる。
二人の間の時が止まった。
「達也さん、こんな事をする人じゃなかった……」
美奈子がぶたれた頬を押さえ、涙を流す。
「そうだ。俺は変わっちまったんだ……だから、俺の事なんか忘れて、早く帰れ」
平手を張った竜崎もまた、うつむいてしまう。
「嫌です、帰りません! せっかく達也さんと会えたのに……わたし、私……」
「俺はもう変わっちまったんだよ! 昔の俺じゃ無いんだ!! 帰れ!」
竜崎はうつむきながらそう怒鳴ると、歯を食い縛りながら搾り出すように呟いた。
「そうさ……俺はもう変わっちまったんだ……」
うつむいている竜崎の目から、何かが落ちた。
「達也さん……?」
それに気付いた美奈子がそっと竜崎の肩に手を伸ばす。
竜崎が顔を上げる。
その頬には涙が流れていた。
「……美奈子ぉ……俺、変わっちまったのかなぁ……?」
肩に伸びた美奈子の手を握り締め、顔をくしゃくしゃにして竜崎が問い掛ける。
「俺、おかしくなっちまったのかなぁ?
……美奈子ぉ……俺は、俺だよなぁ?」
何かに苦悩しているかのような竜崎の問い掛けに、美奈子はようやく竜崎の本意を知った気がした。
自分を巻き込みたく無いのだ。
いったい彼の身に何が起きているのか、美奈子には想像もつかない。
しかし美奈子にまで危険が及ぶような何かが、竜崎の身の上に起きている事だけは理解出来た。
それでも美奈子は優しく答える。
「達也さん。あなたは昔のままの、私が知ってる達也さんですよ」
どんな不安に取り憑かれているのだろう?
この人がこんなにも取り乱す不安を、できることなら取り除いてあげたい。
美奈子は涙を流し嗚咽する竜崎を包むように抱きしめる。
「俺は……俺でいいんだよな……?」
「そうですよ。あなたは、あなたですよ」
その言葉に、竜崎は泣きながら子供のように美奈子にしがみつく。
「美奈子ぉ……!」
美奈子は幼い子供をあやすように、竜崎の頭を優しく何度も撫でる。
そして、竜崎の強い力で布団に押し倒された美奈子は、そっと目を閉じた。
To be continued.
↓NEXT
http://hiroz.asablo.jp/blog/2008/03/26/2844859
-------------
↓小説の目次&登場人物紹介&用語解説はコチラ
http://hiroz.asablo.jp/blog/2008/03/26/2846713
田宮美奈子は竜崎達也の下宿する古びた木造アパートの二階の部屋で、竜崎の帰りを一人待っていた。
窓の外は夕焼けの色に染まり始めている。
竜崎の部屋には美奈子には到底理解出来ないような、難しい学術書が所狭しと置かれ、本棚から溢れ出した本の山が畳の上に何段も平積みされていた。
その雑然さを除けば、研究一筋である竜崎の性格をそのまま表したような、まるで今日の若者らしさの感じられない何ともシンプルな部屋である。
美奈子は、昔と変わらないそんな竜崎を感じられたから、この部屋を好きになれた。
何より彼の勉強机の上に、散乱するノートや筆記用具に埋もれながら、写真立てが顔を覗かせているのに気付いた時は、嬉しくて涙が出そうになった。
飾られていた写真に写っているのは、二人の姿。
椅子に座る美奈子の傍らに立つ学生服姿の竜崎の写真。
それは、竜崎が田舎を出る際に二人で写真館に寄り、撮影してもらった物だ。
その写真の中の竜崎は、優しく美奈子の傍で微笑んでいる。
だから、美奈子はただ待ち続ける事になっても辛くはなかった。
その畳の部屋で、美奈子は正座をしながら、竜崎の帰りを待っている。
ここまで案内をしてもらった和子は先に帰した。
大家に鍵を貸してもらえ竜崎の部屋に入れた事で、美奈子は一人で待てると思えたからだ。
変わらぬ竜崎の姿が感じられるこの部屋の匂いに触れられたから。
美奈子は竜崎を信じる事が出来た。
「皆さん、いい人達ですね」
見知らぬ他人である美奈子を心配して、優しく接してくれる早乙女や和子。
都会は怖い所だと思っていた美奈子にとって、あのような人達に囲まれている竜崎はきっと幸せな日々を送れているのだと、安心する。——だから、
「私は、いつまででも達也さんを待ちますよ」
机の上の写真に、そう語り掛けるのである。
待ち続けると決めたとはいえ、女一人で初めて田舎を遠く離れた疲れもあったのだろう。
美奈子はいつしかうたた寝をしてしまっていた。
夕焼けの赤色が深まり始めた時、部屋の戸が乱暴な音を立てて突然開いた。
「……美奈子……か……?」
その声に美奈子が驚き振り向くと、大男が部屋に倒れ込んだ。
「達也さん!」
美奈子の目に飛び込んだ竜崎の姿は、まるで別人のようだった。
美奈子の知る竜崎の姿より体格が二回りは大きく、身体中が厚い筋肉で覆われている。
美奈子は慌てて竜崎の傍に駆け寄った。
倒れ込んだ竜崎の衣服はボロボロで、その顔は土気色をしている。
破れた衣服から覗く筋肉からは血管が浮き出ていて、小刻みに脈動していた。
美奈子は、その場で気を失ってしまった達也を懸命に部屋の中に運び、布団に寝かし付ける。
細腕の美奈子には、かなりの重労働である。
うなされる竜崎の顔を見て、美奈子は心配になった。
——この人に、いったい何があったのだろう——
大柄でこそあったが、田舎に居た時の細身の竜崎しか美奈子は知らない。
美奈子は湿らせた自分のハンカチで竜崎の額に浮き出る汗を拭いながら、自分の知らない竜崎がそこに居る事を、少し悲しく思えた。
「いけない、お医者さんを呼ばないと……」
気が動転して、そんな事にも気付かない自分を恥ながら美奈子が立ち上がろうとした時、竜崎の意識が戻った。
「……美奈子」
「達也さん! 気が付いたのね?
待っててください、今、お医者さんを呼んで来ますから!」
大家に電話を借りようと立ち上がる美奈子の手を掴み、竜崎が引き止める。
「……医者はいい……医者はいいんだ」
「でも……」
真剣で、それでいて悲しそうな彼の瞳を見て、美奈子は竜崎の枕元に座った。
「……美奈子……どうして来た……」
「だって、心配だったから」
「帰れ……」
竜崎の言葉に、美奈子は目に涙を溜めた。
「そんな……突然連絡が無くなったから、心配して来たんですよ」
竜崎は両肘を付き、上体を布団から起こした。
「そうか……迷惑を掛けてすまなかったな……
でも、もう帰ってくれ」
「どうしてですか? 連絡もせずに、勝手に来た事は謝ります。
でも連絡を取ろうにも、達也さん、何処に居るのかわからなかったから……
それなのに会えた途端に帰れだなんて、私、どうしていいかわかりません……」
二人の間に沈黙が流れる。
涙を溜めた美奈子が訊ねた。
「私の事、嫌いになられたのですか?」
一拍の間を置いて、竜崎が答える。
「……そうだ」
美奈子の目から涙が溢れた。
「嘘です! そんな見え透いた嘘、私にだってわかります!
だって、二人で撮った写真をあんなに大切にしてくれているじゃありませんか!?」
「それは……」
「何で私の事をそんなに避けようとするんですか? 何かあったんですか?
理由を教えて下さい!」
「俺と居ると、お前を不幸にしてしまう……」
涙を流し訴える美奈子から目を逸らす竜崎。
「私は平気です。
どんな苦労があっても、達也さんと一緒に居られるだけで幸せですから——」
言葉を被せるように竜崎が声を上げる!
「そういう話じゃ無いんだ!!」
竜崎のあまりの声の大きさに、びくりとする美奈子。
しかし、気丈にも言葉を返し続ける。
「達也さんに何があったのかわかりません……でも、私の気持ちは変わらない昔のままです。
ずっとずっと、あなたに付いて行きます。だから……」
「だまれ!!!」
竜崎は思わず美奈子の頬を平手打ちしてしまった。
美奈子の長い黒髪が揺れる。
二人の間の時が止まった。
「達也さん、こんな事をする人じゃなかった……」
美奈子がぶたれた頬を押さえ、涙を流す。
「そうだ。俺は変わっちまったんだ……だから、俺の事なんか忘れて、早く帰れ」
平手を張った竜崎もまた、うつむいてしまう。
「嫌です、帰りません! せっかく達也さんと会えたのに……わたし、私……」
「俺はもう変わっちまったんだよ! 昔の俺じゃ無いんだ!! 帰れ!」
竜崎はうつむきながらそう怒鳴ると、歯を食い縛りながら搾り出すように呟いた。
「そうさ……俺はもう変わっちまったんだ……」
うつむいている竜崎の目から、何かが落ちた。
「達也さん……?」
それに気付いた美奈子がそっと竜崎の肩に手を伸ばす。
竜崎が顔を上げる。
その頬には涙が流れていた。
「……美奈子ぉ……俺、変わっちまったのかなぁ……?」
肩に伸びた美奈子の手を握り締め、顔をくしゃくしゃにして竜崎が問い掛ける。
「俺、おかしくなっちまったのかなぁ?
……美奈子ぉ……俺は、俺だよなぁ?」
何かに苦悩しているかのような竜崎の問い掛けに、美奈子はようやく竜崎の本意を知った気がした。
自分を巻き込みたく無いのだ。
いったい彼の身に何が起きているのか、美奈子には想像もつかない。
しかし美奈子にまで危険が及ぶような何かが、竜崎の身の上に起きている事だけは理解出来た。
それでも美奈子は優しく答える。
「達也さん。あなたは昔のままの、私が知ってる達也さんですよ」
どんな不安に取り憑かれているのだろう?
この人がこんなにも取り乱す不安を、できることなら取り除いてあげたい。
美奈子は涙を流し嗚咽する竜崎を包むように抱きしめる。
「俺は……俺でいいんだよな……?」
「そうですよ。あなたは、あなたですよ」
その言葉に、竜崎は泣きながら子供のように美奈子にしがみつく。
「美奈子ぉ……!」
美奈子は幼い子供をあやすように、竜崎の頭を優しく何度も撫でる。
そして、竜崎の強い力で布団に押し倒された美奈子は、そっと目を閉じた。
To be continued.
↓NEXT
http://hiroz.asablo.jp/blog/2008/03/26/2844859
-------------
↓小説の目次&登場人物紹介&用語解説はコチラ
http://hiroz.asablo.jp/blog/2008/03/26/2846713
コメント
_ ひろz ― 2008年03月26日 08時39分30秒
※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。
※投稿には管理者が設定した質問に答える必要があります。
トラックバック
このエントリのトラックバックURL: http://hiroz.asablo.jp/blog/2008/03/26/2844774/tb
※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。
オレはホントに、ゲッターな話を書くつもりがあるんだろうか?(笑)
もうちょっと、もうちょっとお付き合いいただければきっと……