ゲッターロボ-The beginning- 002(第1章)2007年10月28日 01時05分56秒

---第1章 早乙女と竜崎と---

「早乙女? ああ、アイツならココ1週間ずっと研究室に閉じ篭もりっ放しだよ?
 何でもヒミツの研究やってるんだって。マッドサイエンティスト予備軍だね、あれは。
 そうそう、知ってる? アイツ、この前ヤクザの事務所、ひとつ壊滅させたんだってよ。
 何でもウチの学生を麻薬漬けにして食い物にしてたヤクザを頭に来て追い詰めてたら、知らない内に組がひとつ潰れてたんだって。アイツらしいよなぁ〜」
 早乙女とは仲が良いらしいその院生は、立板に水の如く、聞いてもいない事までも嬉々としてべらべらと話し始めた。
 早乙女の居場所を訊ねただけのリッキーは、彼の長話に閉口した。
「あはは……」
 リッキーは親指を立てた拳を肩越しに後ろに向け、ちょいちょいと指を差す。
 リッキーの大きな身体の後ろに隠れて見えずにいた女子学生の姿を目に止めると、その院生はあわてて口をつぐんだ。
「あ。と、とにかく早乙女なら二階の研究室に居ると思うよ」
 バツが悪いのか、その院生は最後にそれだけ言うと逃げるようにその場を立ち去ってしまう。
「ま、まぁ早乙女も、それだけ正義感が強いってコトなんだからさ。いいコトじゃない」
 女性とは思えぬ程に大柄なリッキーが、後ろに居る女子学生に気を遣い、なだめるように話し掛ける。
「早乙女くん……また私の知らない所で無茶ばかりしてる」
「あ、あの、和子さん? そんなに怒らないで。ね?」
 普段は大人しい和子だが、こうなってしまうと手がつけられない。
 ただでさえ早乙女の無茶さ加減に、いつも心労が絶えないのだから。
「リッキー! あなた知ってたでしょ!!」
 知ってるも何も、早乙女が起こす騒動には、大抵リッキーも一枚咬んでいるのが定石だ。
 それが暴力沙汰となれば尚更である。
 男勝りどころかゴリラ並の体格と腕力のリッキーにとって、自分の力を思う存分振るえる場面を幾度と無く提供してくれる早乙女とは、最早腐れ縁と言って良い。
「いや、だからね。アタシもちゃんと早乙女の後ろを守ってあげてたし、アタシたちは怪我だって誰もしなかったんだから……」
 相手のヤクザは病院送りどころの騒ぎじゃ無かったけど……と言いそうになって、リッキーは言葉を飲み込んだ。
「そういう事を言ってるんじゃありません!!」
 和子の背後から、怒りのオーラがメラメラと立ち上った。
 この二人、無双力(むそう りつき)・通称リッキーと和子は親友である。
 大学生である彼女ら二人は、同じ敷地内に併設されている大学院に通う早乙女とはゼミで知り合い、仲良くなった。
 和子に一目惚れをした早乙女からの執拗なアプローチに折れ、和子と早乙女は時を待たずして付き合うようになり、リッキーと早乙女はお互いの気っ風の良さに触れ、気の置けない間柄になるのに時間は掛からなかった。
「あ、あの……それで、早乙女さんという方はどちらに?」
 二人がおかしな雰囲気になりそうなのを見かねたのか、白いワンピースの女性が声を掛けた。
 清楚な顔立ちの、長い黒髪が綺麗な色の白い女性である。
「あ、ご、ごめんなさい。はしたない所をお見せしちゃって。
 この上の研究室に居るみたいですから、御案内しますね」
 元々は早乙女を訊ねて来たこの女性を、二人で案内していたのだ。
 我に返った和子は、普段の大人しい丁寧な口調に戻っていた。
 和子の雷が落ちずに済んで、リッキーは胸を撫で下ろした。
 そう。和子の雷には、いくら天下無双のリッキーでも、勝てはしないのだから。

***

 見渡す限りの青空が、抜けるように高い。
 そんな秋晴れの爽やかな陽気に、まるで不釣り合いの罵声が校舎中に響き渡った。
「早乙女ってのは、どいつだ!!」
 チンピラヤクザ風の三人組が、ダミ声を張り上げながら木造校舎二階のとある研究室に怒鳴り込んだ。
 が、次の瞬間には窓ガラスの割れる音と共に、三人共廊下に投げ出されているのである。
「人の研修室に土足で入って来る莫迦が居るか!!」
 三人を窓から投げ飛ばした小柄な男はパンパンと手を払うと、自分自身はちゃんとドアをくぐり、ゆっくりと廊下に出た。
 小柄ではあるが、がっしりとした体躯の男。
 白衣を着ていなければまるで研究者とは思えぬような、悪ガキ風の容姿を持つその男こそ、誰あろう早乙女本人である。
「てめぇ! やりやがったな!!」
 チンピラたちは起き上がると、一も二も無く早乙女に殴り掛かる。
 早乙女はそれをひらりとかわすと、デブとヤセの二人のこめかみをそれぞれピンポイントで打ち抜き失神させ、残りの一人の鳩尾(みぞおち)に拳を打ち込み、悶絶させた。
 鳩尾を押さえのたうちまわるチンピラ男の顔を、履いてる下駄で思い切り踏み付けると、顔に二の字を跡を付けたその最後の一人も静かになった。
 早乙女は高校時代に、所属していたラグビー部で友人のスパイクを借りて水虫を移されて以来、二本下駄を常に愛用しているのだ。
 ある意味今やその下駄は、早乙女の必殺武器の一つと言ってもいい。
「まったく、この手のヤツラは土足厳禁の文字も読めねーのかよ」
 ちなみに早乙女は下駄を上履き用と下履き用とで、ちゃんと使い分けている。
 早乙女が気を失ってるチンピラたちの頭を足で小突き、起こそうとした。その時、
「早乙女くん!!」
 声に振り向くと、和子が鬼の形相で仁王立ちをしていた。
「か、和子さん!?」
 早乙女の身がすくんだ。
「な、何でここに?」
「何でも何も無いでしょう! それとも何かしら? 私がここに来ちゃいけない理由でもあるの?」
「い、いえ別に……」
 和子の後ろでリッキーがニヒヒと笑っている。
「聞いたわよ! またヤクザと揉め事起こしたんですって? 何考えているのよ! 心配するじゃない!!
 それなのに何? 今もこんな喧嘩なんかして!!
 私がいつもどれだけあなたの事を心配してるか解ってるの?!」
 和子は早乙女の耳を引っぱり上げた。
「いたっ! 痛いよ和子さん!」
「痛いじゃ無いでしょ! 怪我したらこの程度じゃ済まないんですからね!!」
「わかった、解ったから……」
「解って無い!!! ——この前だってそうよ! 拳銃持ってる強盗犯の前に飛び出して!
 そりゃ人助けは立派ですけど、あなたに何かあったらどうするのよ!!
 心配するコッチの身にもなりなさいよ!!!」
 和子はさらに指に力を入れ、早乙女の耳をギリギリと引っ張り上げる。
「痛てて……り、リッキー……見てないで助けて……」
 早乙女は思わずリッキーに助けを求めた。
 リッキーが恐る恐る口を挟む。
「和子、早乙女だって悪気があったワケじゃ……」
「リッキーは黙ってて!」
「……はい」
 取り付く島も無く一蹴されるリッキー。
「いっつも、いっつも、いつもいつも! 自分から危ない事に首突っ込んで!
 なんで私があなたの事をこんなに心配しなきゃならないの?
 いいかげんにしてよね!
 ……私、何でこんな人、好きになっちゃったんだろ……」
 早乙女の耳を引っ張る力が緩むと、和子は目を潤ませていた。
 怒りの感情が昂ぶり過ぎて、泣き出してしまったのである。
 こうなると普段は豪放磊落が売りの早乙女も形無しだ。
「ご、ごめんよ、和子さん。もう無茶はしないから、ね?」
 必死に詫びを入れ、和子の機嫌が収まるのを待つしかない。
 まぁ、それがこの二人の喧嘩のいつものパターンな訳なのだが。

「ほらほら、和子も機嫌を直して。
 早乙女ぇ、和子はアタシが見ててあげるからさ。アンタにお客さんだよ」
 リッキーはその大きくふくよかな胸で和子を抱き寄せると、よしよしと頭を撫でた。
 和子はハンカチを取り出し、リッキーの太い腕の中で自分の涙を拭っている。
「何だか恥ずかしい所をお見せしちゃってすみません。
 で、どちら様ですか?」
 早乙女は自分を訊ねて来たという、女性に話し掛けた。
 清楚な印象のその女性は、今の一件で呆っ気に取られてしまっていたようだ。
「あ、ああ? あ、いえ、すみません。
 あなたが早乙女さんでいらっしゃいますでしょうか?」
「ええ」
「申し遅れました、私、田宮美奈子と申します。——実は、竜崎達也の事でお聞きしたい事が……」
「竜崎の?」
「はい。私、達也さんとは同郷で、幼なじみなんです。
 進学で上京してしまった彼とは、ずっとお手紙で連絡を取り合っていました。
 ですがこのひと月、彼からの連絡が途絶えてしまって……
 下宿の大家さんにお電話をしたりもしたのですが、下宿先にもあまり帰っていないようでして、心配になりこちらの大学院を訪ねれば何か解るのではないかと……」
 幼なじみと彼女は言うが、早乙女には、竜崎に向けられる彼女の思慕の情はそれ以上のものであるように感じられた。
 そうで無ければ女一人で、わざわざこんな遠くにまで田舎から出向いて来る事も無いだろう。
「達也さんからのお手紙の中に、幾度も早乙女さんの事が書かれていまして、とても信頼の出来るお方だと。
 ですから御迷惑かと思いましたが、お訪ねさせていただきました」
 まったく。こんな奥ゆかしい大和撫子な美人の女性に惚れられていただなんて、竜崎め、何て羨ましい奴。あんな朴念仁には勿体なさ過ぎるってモンだ! 世界の七不思議だね、こりゃ。
 早乙女は竜崎に軽い嫉妬を覚えた。
 とは言うものの、和子を彼女にした早乙女の事も周りの人間から見れば「美女と野獣のカップル」と言われ、不思議がられているのだ。
 隣の芝生は青く見える。とは、よく言ったものである。
「それで……達也さんの事、何か御存知ありませんでしょうか?」
 心配そうな顔で真剣に尋ねる美奈子に、早乙女は、無用な心配は不要である。と、出来るなら伝えてあげたかった。しかし……
「すまない。実はこのひと月、竜崎は大学院の方にも来ていないんだ……」
 1ヶ月前。あの未知のエネルギーの実験の日以来、竜崎は大学院に来なくなってしまっていた。
 心配した早乙女たちが何度となく竜崎の下宿を訪ねてはいるのだが、その度に不在で、会えず仕舞いのまま今日まで来てしまっている。
「そうなのですか……何かお心当たりはございませんか?」
 心当たり——そう聞かれて早乙女は言葉に詰まってしまう。
 未知のエネルギーを<ゲッター>と呼び、恐れおののいたあの瞬間から竜崎が変わってしまった事は確かである。
 しかし、そんな話を美奈子にした所で意味があるのだろうか?
 早乙女自身、何故竜崎があんなにも脅えたのかすら理解出来ずにいるというのに。
「ごめん、オレには解らない……」
 実際の所、竜崎の行くあても見当が付かない今、早乙女にはそう答えるしか術が無い。
「そうですか……」
 暗く沈んでしまう彼女を見ると、早乙女までいたたまれない気分になってしまう。
 美奈子という女性は、今にも手折られそうなはかなげな表情が、何故こんなに似合ってしまうのだろう。
 早乙女は元気づけるように、わざと明るい声を出した。
「美奈子さん、竜崎の下宿にはもう行きました?」
「いえ、まだですが……」
 駅からは竜崎の下宿より大学院の方が近い。先にこっちに来たようである。
「よかったら、これから行きませんか?
 こんだけ長い間留守にしてるんだ。竜崎のヤツも、いいかげんぼちぼち帰って来るんじゃないのかな?
 それにオレたちじゃ勝手に部屋に入れなかったけど、美奈子さんなら『妹です』とか言えば大家さんから鍵を貸してもらえるかも知れないし。
 部屋に入れれば、何か手掛かりが見つかるかも知れませんよ?」
 伏せ気味だった美奈子の顔が上がる。
「よろしいのでしょうか?」
「いいんじゃないですか? そんなに心配してくれているんだから、竜崎のヤツだって怒りはしないでしょ。何ならオレの入れ知恵のせいにしてもいいですし。
 ——あ。でも今ちょっと急ぎのレポートまとめないといけないから、手が離せないな……
 2時間程待ってもらえるなら、案内出来ますけど。それとも急ぐなら地図でも描きますよ?」
「あ、いえ。そんな、お気遣い無く……」
 手紙のやりとりをしているくらいだ。彼女も竜崎の住所は知っているのだろう。美奈子は奥ゆかしく遠慮をする。
「私が御案内しましょうか?」
 和子が二人の会話に入って来た。
 どうやら気持ちも落ち着いたらしい。普段の優しい口調に戻っていた。
「はしたない所をお見せしてしまったお詫びと言っては何ですが、御案内させてください」
 早乙女が怒らせさえしなければ、和子は本来優しくて聡明な女性なのである。
「よろしいのですか?」
「ああ、そうしてもらってください。和子さん、お願い出来ますか?」
 和子はコクリとうなずいた。
「んじゃ、アタシも付き合おうか」
 リッキーが会話の尻馬に乗る。
「あ、ゴメン。リッキーにはちょっと用があるんだ。申し訳無いが和子さん、お願いします」
 早乙女はにこやかな顔でリッキーを引き止めると、二人を送り出した。
 出掛け際、和子はこう言い残す。
「早乙女くん。私が戻って来るまで帰らないでね。私もあなたにお話がありますから」
 和子はまだ、怒っていたようである。

To be continued.

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ゲッターロボ-The beginning- 0012007年10月26日 03時44分06秒

今は亡き、石川賢先生に捧げます。

---Prologue---

 稲妻が光った。
 それまで眩しい程に輝いていた丸い月は、この時を境に変わってしまうであろう未来を知っているのか、今から起きる出来事に目を背けるかのように黒い雲の中に隠れてしまう。
 垂れ込めた暗雲から降り出した大粒の雨が、誰も居ない木造校舎の窓ガラスを激しく叩く。
 灯の消えた夜の校舎の中を、懐中電灯が照らす光を頼りに巡回していた警備員が、廊下に響き渡ったその雨音の大きさにびくりとする。
 夜間の定時巡回をしているその若い警備員は、真っ黒な夜空を窓越しに見上げ、つぶやいた。
「もう秋だって言うのに、生暖かくて、なんだか嫌な雨だなぁ……」
 一歩足を踏み出す毎に、廊下の床板がぎしりと鳴る。
「こっちはいつ来ても薄気味悪いんだよな……」
 警備員が巡回しているこの大学院は、新設された鉄筋の校舎が建ち並ぶ、国内最先端の大学院である。
 しかしながらこの木造の校舎だけが、戦後の復興から取り残されたかのように、敷地の隅にひっそりと建ち続けているのだ。
 警備員がおじけるのも無理は無い。
 戦前から建つこの校舎では、昔から、怪しい噂が絶えないのだから。
 曰く、軍に指示され大量殺戮兵器を研究していた狂気の学者の怨念が、現在も彷徨っている。
 曰く、その時に人体実験され命を失った多くの被験者のすすり泣く声が夜な夜な響き渡る。
 等と、挙げれば切りの無い噂。
 それが根も葉も無い噂と解ってはいても、気味が悪いものは悪い。
 こんな夜だ。手短かに巡回を終わらせて、とっとと詰所に戻るのが利口というものさ。
 そう決めると、警備員は足早に歩を進めていた。
 防火設備の存在を示す紅いランプの傍に差し掛かった時、稲妻が落ちた。
 夜空が一瞬だけ眩しく光り、轟音が鳴り響く。
 落雷の音が極めて近い。
「ひっ!」
 警備員は思わず身をすくめ、驚きのあまり懐中電灯を落としてしまった。
 落とした拍子に電球でも切れたのか、懐中電灯の灯は消えてしまう。
「……落雷?」
 警備員は窓の外を見た。
 闇に包まれ、雨に遮られた周囲の風景に見えるものは何ひとつとして無く、窓を叩く豪雨の音だけが長い廊下にただただ響き渡る。
 防火設備のランプだけが廊下を紅く照らしている。
 嫌な汗が背中に流れた。
 再びの稲光。
 紅いランプがふっと消える。
 立ちすくむ警備員。
「……停電?」
 辺りが全て完全な闇に包まれた。
 その時、警備員は気付かなかった。
 窓の外——豪雨を降らせる暗雲の隙間から、鳥とは思えぬ程に大きく羽を広げた姿を持つ複数の影が、稲光の間を縫うように舞い降りて来た事に。

***

「……停電か?」
 闇に包まれた部屋には影が二つ蠢いていた。 
 その二つの影は、まるで宇宙人のように見える異様な姿の服で全身を包み、目の所に大きな偏光グラスが埋め込まれたマスクを、頭から被っている。
「仕方無い。自家発電に切り替えよう」
 言葉を受け、影の一人がごそごそと動いた。
 手探りで、スイッチでも探しているようである。
 しばらくすると、耳障りな機械音と共に室内灯が薄暗く光り出す。
 室内灯に照らされたその部屋は、四方をコンクリートで囲まれた味気の無い地下室であった。
 剥き出しのコンクリート壁の無機質さに違わぬように、部屋の中には最先端と思える無機質で巨大な機械が、所狭しと配置されている。
 何やらそこは実験室のようである。
 ひとつしかないその地下室の出入り口には、頑丈で強固な扉が設けられていた。
 扉には、外にも中にもRIマーク(アールアイマーク:放射能標識)が、でかでかと描かれている。
 二人組が異様な姿をしているのは、放射能の防護服を着込んでいるためのようだ。
「暗くないか?」
 防護服を着た背の高い一人が訊ねる。
「仕方無いだろ? これ以上電力を余計な事には使えんよ」
 背の低い方が答える。
 背の高い方はあきらめるように肩をすくめると、マスクに遮られくぐもって聞こえる声で、こう言った。
「それでは、始めようか。早乙女」

 噂が立つのにも理由がある。
 その木造の校舎は、戦時中、確かに軍の研究施設と化していた。
 もっとも大戦当時、軍に協力をしない学士施設など存在もしようが無い訳で、この学院とて例外では無かったという話なだけではあるが。
 実用まで漕ぎ着けはしなかったが、核融合やそれ以上の研究も当然の如く行われていた。
 木造校舎の地下実験室。
 それこそが、その名残なのである。
 そして終戦から10年程が経とうとしている現在、院生に解放され、実験施設として一部生徒の研究の根城となっていた。

 防護服に身を包んだ二人の生徒。
 背の低い男は早乙女と言い、背の高い男は竜崎と言う。
「出力調整、どうだ?」
「2.0……2.5……何とか行けそうだ」
 二人は複雑な最新鋭の分析機器を一心不乱に調節する。
 もしも早乙女の理論が正しければ、人類は無限のエネルギーを手にする事が出来るかも知れないのだ。
 それは浅間山に落下した隕石を、早乙女が調査に出掛けた事が切っ掛けだった。
 地球上には存在しない鉱物。
 後に早乙女が<G鉱>と仮称した鉱物が、その隕石には内包されていた。
 そしてその鉱物を精製する過程で、早乙女はあることに気付く。
 宇宙線が<G鉱>を透過した際、極々微量ながら発せられる未知のエネルギーの存在を、理論上に示したのだ。
 もしそのエネルギーを宇宙線から抽出する事が出来れば、人類はエネルギー問題から解放されるかも知れない。
 それに気付いた時、早乙女は狂喜した。
 幼い頃から描き続けている夢である宇宙開発が、未知なるエネルギーの存在によって、より現実的な物と化して行くかも知れないのだから。
 宇宙線から直接エネルギーを取り入れる事が出来るのならば、重量のかさむロケット燃料を積み込む事も無い。
 永遠の宇宙航行を行える船さえ造る事も可能だ。
 未来図が早乙女の中で膨らんで行く。
 だからこそこの日、親友の竜崎に協力を頼み、未知なるエネルギーの抽出実験を敢行するに至ったのである。
 早乙女が一目置く程に優秀な学徒である竜崎ならば、信用が出来る。
 二人の若き学者の卵は、未知なるエネルギーの発見に胸躍らせていた。
「カウントダウン開始。10……9……8……」
 遮蔽された観測室から、二つの電極が左右に対抗配置されてる円筒形の透明な放電管を見つめる二人。
「6……5……4……」
 早乙女の咽がゴクリと鳴った。
「3……2……1……照射!」
 竜崎がスイッチを入れた。
 ……何も起きなかった。
「嘘だろ?! 何で何の反応も無いんだ?
 竜崎! そっちはちゃんと動いているんだよな?」
「ああ、計器は正常だ。自家発電だからって訳でも無い。
 くそぉ、いったい何が悪いって言うんだ!」
 竜崎が両の拳でドンとコンソールパネルを叩いた。
「嘆いてるヒマがあったら再チェックだ! 竜崎!
 最悪、一からやり直すつもりでやるんだよ。」
 言うが早いか、偏光グラスの付いたフード状のマスクを脱ぎ捨てると、早乙女の手は入力用の操作パネルを目にも止まらぬ早さで操作し出した。
 データが記録されたパンチテープが、カタカタと排出される。
「オレはあきらめが悪いんでな。
 元々オレのわがままで始めた実験だ。どうする竜崎、投げ出しても俺は怒らんよ?」
 目では排出されるパンチコードを読み取りながら、早乙女は声だけを竜崎に向けた。
「……ふざけるな」
 その言葉にカチンときたのか、視界の悪いフードマスクを竜崎も脱ぎ捨てると、横から早乙女が読みかけのパンチテープを奪い取った。
「ココ! 入力ミスがあるじゃねーか!!
 だからてめーには任しておけねーんだよ!!
 発想力はてめーの方が上かも知れねーが、繊細さが足りねーっていつも言ってるだろ!
 解析力は俺の方が上なんだよ!! 貸してみろ!」
 早乙女を押し退けると、動き辛い防護服の大きな手袋をはめているとは思えない程の正確さで、竜崎は入力用パネルを操作する。
「お前はそっちで接続状態をチェックしてくれ。元々それが分担だろ?」
 顔を上げた竜崎と、早乙女の目と目が合った。
 二人がお互いの目を見て、ニヤリとする。

 その時、再度雷が鳴った。
 落ちた雷は木造校舎の避雷針を直撃する。
 そして、それはアースされた地面に拡散する筈であった。
 しかし……
「? 雷が落ちたのか?」
 突然、地下室の室内灯が消えた。
 再び暗闇に包まれた地下室で、手探りでケーブルの接続状態を確認する早乙女。
 が、自家発電の機器が壊れた訳では無いようだ。
 実験用の計器は動いている。
 計器の設置されているメーターやランプだけが、真っ暗な地下室に居る二人の顔を照らしていた。
「お、おい早乙女! これを見ろ!!」
 竜崎が叫んだ。
 それまで何も起こらなかった放電管が、突然青白い光を放ち始めていた。
「……これは……」
 その青白い光。
 それこそがまさに、早乙女が望んでいた、未知なるエネルギーが存在する証し。
「やったぞ竜崎! 成功だ!! オレ達成功したんだよ!! 
 くそぉ、世紀の大発見だぜ、こりゃぁ!!」
 早乙女は両の拳を握りしめた。
 あまりの感動に身体中の震えが止まらない。
 その感動を分かち合おうと、竜崎の肩に手を回した。
 同じように竜崎の身体も震えている。
 青白い光が二人の成功を祝福するかのように、徐々に、徐々に強まって行く。
 自らの偉業に陶酔しながら青白い光を見つめる早乙女だが、ふと、その手に違和感を感じた。
 竜崎の身体の震え。 
 それは感動に震える早乙女の身体とは、まったく別の震え方だった。
「ああぁ………」
 光を見つめる竜崎の身体はガクガクと揺れ、その顔は恐怖にひきつって行く。
「うぁぁ…………うあぁあぁぁぁ……」
「おい、どうした竜崎?」
 竜崎は早乙女の手を振りほどくと、その場を逃げ出すように後ずさった。
「うわぁあああ!! いやだぁ……」
「竜崎……どうしたんだよ? 竜崎!」
 理由は解らないが、竜崎はパニックを起こしていた。
 冷静さを売り物にしている、普段の竜崎からは想像も出来ないほどの狼狽振りに、早乙女は唖然とする。
「いやだぁ……あれは……あの光は……………」
 コンクリートの壁に阻まれそれ以上後ずさる事の出来ない竜崎は、それでも尚逃げ出したいのであろう。
 貼り付くように背中で壁にもたれ掛かると、光から顔を背け、イヤイヤと首を振りながら叫んでいた。
「あの光は……ゲッター……だ…………<ゲッター>だぁぁあああぁあ!!!
 うわぁぁああぁぁああああああ!!!!!」 
 早乙女には理解出来ぬ恐怖にガタガタと震える竜崎の顔は、真っ青だった。
 目は見開き、歯はガチガチと音を立てている。
「……ゲッター?」
 竜崎が恐怖の目を向ける視線の先、その青白い光を早乙女は見る。
 光は一段と輝きを増し、放電管自体が発光しているかのように見えた。
 次の瞬間、その発光は、地下室全てを自らの光の中に包んでいた。

 明るくて温かくてまばゆい光。
 青白い光だけが存在する世界に、早乙女は居た。
 眩しさに細めていた目を少しずつ開く。
 光以外、何も見えない筈のその世界にそれは存在した。
 本当に存在したのかは、早乙女にも解らない。
 もしかしたら、幻のような物だったのかも知れない。
 そこに居ると感じただけなのかも知れない。
 しかし早乙女は、そこに居る何かを確かに見ていた。 
 それは人の顔を持つ何かのようであった。
 それは、赤と緑に色分けられた——亀甲の形を模した、人の顔のように思えた。

 気が付くと青白い光は消え、早乙女は地下室に立っていた。
 傍らでは竜崎が小さくうずくまり、頭を抱えガタガタと震えている。
「……今のは?」
 我に返った早乙女には、光の中での出来事が、永遠であったとも一瞬であったとも思えていた。

To be continued.

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ゲッターロボ-The beginning- のーがき2007年10月26日 03時37分00秒

『ゲッターロボ-The beginning-』
そう。コレは『ゲッターロボ』をモチーフにした、ひろzオリジナルストーリーの二次的制作の小説です。
この手の物をネット上に上げる事は版権的にはあまりよろしく無い事ではあり、その点に関しては今でも悩んでいる所ではありますが、石川作品のいちファンとして、真剣に『ゲッターロボ』という作品を愛している証。と、受け止めていただければ幸いです。
(版権を侵害する意図は毛頭ありませんので、もしダイナミックプロや関係各所から何かしらの公式なクレームが入った場合、当方でもそれが正式なものであると確認が取れ次第、削除いたします。
またそのような御連絡があるようでしたら、第一報は、こちらのblogへのレスという形でお願いします。
最近スパムメールが異常に多いため、間違って読まずに削除してしまう可能性がありますから。)

お話の舞台は<原作マンガ『ゲッターロボ』>より約20年くらい前。
早乙女博士がまだ学生(大学院生)の頃のお話。

と、たった二行を書き出した時点で既にお解りかと思いますが、早乙女博士が大学院に通っていたという設定は原作にはありません。(でも、博士課程を終了しないと博士じゃ無いですよね? 多分)
そう。つまりコレは私独自の解釈と設定がふんだんに盛り込まれた、オリジナルストーリーです。
なので、コレを読んでくださる皆さんの心の中の『ゲッターロボ』や、現実の作品とは違う所が多々あるかとは思いますが、その辺りには目くじらを立てずに、こんな解釈や設定を考える人も居るんだ。と大目に見てやってください。

blog連載という構成上、アップロードが飛び飛びであったり、まるで関係の無い日記ネタが合間に挟まったりする事が予想されます。
なので「ゲッターロボ・二次小説01」というカテゴリを用意しましたので、そちらから見ていただければ、小説のみを一括で見ていただけるようにしてありますので、御利用ください。
ただ、日付毎に下から上へと配列されてしまう所が少々読み辛くて難ですが。
(書き終えた上で問題が無いようでしたら、後々HPの方にまとめようかとも考えています。)
※下の「↓START」で示されているリンクをクリックすると、小説のみ表示のプロローグに飛べます。
で、各小説日記末尾の「↓NEXT」で示されているリンクをクリックし続けて行くと、小説のみが順に読めるようになってます。
御利用ください。

言い訳めいた事を長々と書き連ねてしまいました。
いよいよ『ゲッターロボ-The beginning-』の開幕です。
皆さんに、楽しんでいただけたら幸いです。

追記:
いつもは付いたコメントにはなるべくレスを付けていますが、小説に付いたコメントに関しては展開のネタバレ等をつい書いてしまう事もあったり、場合によっては議論を誘発する事も在りえますので(小説に関してコメント欄での議論は禁止とさせていただきます。場合によっては削除する事も在りえます)レスを付けない事の方が多くなるかと思います。
御了承下さい。
とは言え、お褒めのコメントはいただければいただける程、励みになりますので、1回とは言わず何回でも書き込んでもらえると嬉しいです。
わがままですみません(笑)。

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