ゲッターロボ-The beginning- 005(第1章)2008年03月23日 15時15分27秒

***
 
 柔らかい秋空の陽光が少しだけ傾き始める。
 綺麗なすじ雲が鮮やかに大空を流れていた。

 歓楽街の通りでは、そんな爽やかな秋風を遮るかのように、必死に客を呼び込む店員のあざとい勧誘の声が飛び交っている。
 心地よい秋風すら澱ませてしまう程の雑然さの中にこそ、人の本質という物は存在するのかも知れない。
 通りの角にある新装開店をしたらしいパチンコ屋の軒先には花輪が並び、平日の午後だというのに、遊興にふける客の姿で賑わいを見せていた。
 数年前に施行された連発式パチンコ機の禁止令によりそのブームが下火になったとはいえ、依然としてパチンコは大衆娯楽の殿堂である。
 庶民は綺麗に光る銀色の玉に夢と欲望を乗せ、レバーを弾き続けるのだ。
 内装も新しい店内にはそんな綺麗な装飾とは裏腹に、欲望に満ちた、人の歓喜と悔過が交じり合っている。
 客の一人の若い男は負けが込んでいるのか、灰皿に埋もれたタバコの吸い殻からまだ吸えそうな残り代のあるものだけを選り分けていた。
 シケモクのひとつを口にくわえると、渋い顔をしながらマッチで火を点ける。
 二口も煙を吸い込むと、その火はフィルターに達してしまい、男は再びシケモクを無造作に灰皿に押し付けてしまう。
 男は手にした一個のパチンコ玉を見つめた。
「頼むぞぉ、コレが最後のひとつなんだ」
 男は眉間の前にそのパチンコ玉をかざすと、祈るように呟いた。
 パチンコ台レバーの上、右端にある玉の投入口に、パチンコ玉を持つ男の左手が伸びる。

 大戦の戦後復興も一段落したこの時代。
 土木作業を生業とした肉体労働者から頭脳労働者、いわゆるサラリーマンと呼ばれる新中間層へと労働の質のシフトが起こり始めているこの時代において、己が欲望のまま、享楽的に生きる若者達の姿が目立つようになっていた。
 敗戦を享受した事で築き上げられた平和の中で生きる、行き場の無い衝動がそうさせているのであろうか。
 旧来の道徳感を無視した、快楽にまかせた情動で動く事を良しとする若者達。
 彼らは酒や暴力・異性に溺れ、その青春を謳歌していた。
 とはいえその無軌道振りを心行くままに謳歌出来るのはやはり一部の裕福な者の特権であり、大半の若者は、そんな流行りに憧れ真似をしつつも、生活費すらままならない日々を送っているものである。

 その若い男も御多分に漏れず、親からの仕送りや学費を遊び呆けて使い果たし、ポケットに残ったわずかな小銭で、銀色のパチンコ玉に一縷の望みを託していたのだ。
 大音響で店内に流れる軍艦マーチが、若い男の浅はかな希望の後押しをする。
 若い男はパチンコの盤面を凝視しながら、念を込めるように最後の一投のレバーを弾いた。
 勢い良く玉が天釘へと向かって走る。
 天釘に弾かれ、踊るように落下して行くパチンコ玉。
 風車に絡みつくと、玉は吸い込まれるようにチャッカーに落ちた。
 チン、ジャラジャラ。
 小気味良い音と共に、大量のパチンコ玉が下皿から吐き出される。
「ぃやったぁーーー!!」
 男の念が通じたのか、最後の玉は、見事大化けをしてくれたのだ。
 苔の一念岩をも通すとは、この事であろう。
「こ、コレで3日振りにマトモなメシが食える〜!!」
 ツキが回って来たのか、男が弾く玉は次々にチャッカーへと落下し、見る見る内にドル箱が積まれ始めた。
「うおぉぉ! オレってもしかしてパチンコの天才かよ!
 パチプロで食って行けんじゃねーの?」
 打って変わってのあまりの好調振りに、ハシャギまくる若い男。
 が、調子に乗り過ぎたせいで、隣の席の男に肘をぶつけてしまった事に彼は気付かなかったのだ。
 若い男は横から不意に後頭部を掴まれ、パチンコ台のガラス面に勢いよく頭を叩き付けられた!
「がっ!!」
 ガラスが割れる派手な音と共に、若い男の額からは血が噴き出していた。
「え? ……あ?」
 自分に何が起きたのか解らずに若い男は困惑する。
 一拍のタイムラグの後、激痛が襲って来た。
「い、痛てぇ……
 何すんだよ! てめぇ!!」
 血を流す額を押さえながら、男は隣の人間を睨み付けた。
 欲望のままに生きる事が流行りのこの時代の若者である彼にとっては、喧嘩程度に躊躇は無い。
 誰に喧嘩を売っているんだとばかりに吼えたてる。
 が。
 噛み付いた相手が悪かった。
 そこに居たのは見上げる程の大男だったのである。
 大男はそんな若い男のガンタレなどは意にも介さずに、今度は側頭部を掴むと、再びパチンコ台へと若い男の頭を叩き付けた。
 そのあまりの怪力に、若い男の頭はパチンコ台にめり込んでしまう。
 若い男のドル箱が転がり、パチンコ玉が店内に散乱した。
「うるせーよ」
 大男は、無表情のまま立ち上がった。
 大男は、竜崎達也の顔をしていた。

 突然の乱闘騒ぎに、店内は騒然となった。
 若い男の流血におののき逃げ出す客や、騒ぎを聞きつけ野次馬として取り囲もうする客で店内がごった返す。
 一列に並んでいるパチンコ台の後ろで、当り玉を補給していた店員は何事かとパチンコ台の上から顔を出している。
 店の奥から店員らしき男が数人、飛び出して来た。
 見るからに普通の店員には見えない、がっしりとした体躯の、強面の風貌をしている面々である。
 この店の用心棒の類いであろう。
 用心棒の店員は、竜崎の肩を背後から掴んだ。
「お客さん、困りますね」
 その手は、竜崎の肩を締め上げる。
「ちょっと奥まで来てもらえませんか?」
 口調こそ丁寧だが、威圧するようにドスの利いた声で、用心棒は言う。
「さわるな」
 竜崎は用心棒の手を払い除けるまでもなく、肩越しに裏拳を用心棒の顔面に叩き込んだ。
「うげっ!」
 顔を凹ませ、用心棒が倒れ込む。
「てめぇ! ココを何処だと思っていやがるんだ!!」
 野次馬を掻き分け辿り着いた用心棒が3人、竜崎の回りを取り囲む。
 竜崎は無表情のままだ。
 その怪し気な状況に、野次馬の客達は、店の外へと飛び出して行く。
 気が付けば10人の男達に、竜崎は囲まれていた。
 取り囲む男達の後ろから、サングラスを掛けた男がぬっと現れた。
 どうやらその男が、コイツらのボスらしい。
「困るなぁ、<青空>さんよぉ。
 見ろ。お客の皆さん、びっくりして帰っちまったじゃねーか。
 聞いてるぜ、アンタ、竜崎っていったっけ?
 この落とし前、どーつけてくれんだ? ああ?」
 サングラスの男は、ねぶるように竜崎の顔を睨み付ける。
 実はこのパチンコ屋、どうやら新しく出来た天地会の拠点のひとつらしい。
 竜崎を取り囲む男達は皆、天地会の構成員だった。
「どーするもこーするもあるかぁ!
 こーしてくれるんだよ!!」
 今まで何処に隠れていたのか、青空組のチンピラが二人、竜崎を取り囲む連中の背後から襲いかかった。
 手には小刀を握りしめている。
 狙いはサングラスの男だ!
 しかしそれは見抜かれていたのか、竜崎を取り囲んでいた男達に、いとも簡単に取り押さえられ、袋叩きにされてしまった。
「<青空>さんも、随分とセコイ真似してくれるじゃねーか」
 サングラスの男はくわえたタバコに火を点けた。
 ふぅと煙を吐く。
「もういい、かまわねーからそいつも畳んじまいな」
 男達が竜崎に一斉に飛び掛かった!

To be continued.

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コメント

_ ひろz ― 2008年03月23日 15時44分41秒

大した話ではないんですが、一応この小説を書くにあたって、年代設定をしています。
とはいえ『ゲッター』という物語は『ガンダム』みたいに作中で何年何月に何が起こった。とか堅苦しく突き詰めてもまったく意味が無いどころか、そんな事をしてしまうと作品としての面白味に欠けてしまう。とは重々承知の上なのですが。
そこまで含めたお遊び。というコトで。

とりあえずテレビアニメ版『ゲッターロボ』の初放映開始の年を、漫画版ゲッターの第1章「人間狩り」で語られてる年。と仮定してあります。
ただ、世界観的にはそれを含めた「架空の昭和」という考え方が前提ですが。
で、そこから逆算して、この小説の舞台は「架空の昭和○年」としています。
ちなみにこの「架空の昭和○年」は「現実の昭和」で言うと「太陽族」が流行ってたり、「鉄人28号」の連載が始まった年だったりします。(後者の方は、ついさっき知りました。びっくり)
なので、この時代のパチンコにはなんと<チューリップ>がまだ存在しないんですよ!!
描写をしなきゃならない関係上、パチンコの歴史をそんなコトまで調べてました(笑)。

あ、「架空の昭和○年」と仮定した。とは言ってもソレは「現実の昭和○年」では無いので、「現実の昭和○年」には存在しなかった物事が「架空の昭和○年」には存在してたりしますから、あまりアラ探しはしないでください(笑)。

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