ゲッターロボ-The beginning- 009(第2章)2008年05月19日 23時04分06秒

「ほう。ふむ。ほほう。おーおーおー、なるほどのう」
 目にも止まらぬ早さで敷島教授はレポート用紙をめくっていた。
 端から見れば、ちゃんと読んでいるのかと思えるの程の早さであるが、これで本当に全文を理解してしまっているのだと言うから驚きである。
「うむ。さすが早乙女君じゃ。ワシの目に狂いは無かったのう」
 わずか数分で読み終えた百枚近くもあるレポートの束を机の上にバサッと投げると、他人を見抜く自分の眼力に自画自賛したのか、満足そうに自分の顎を撫でた。
「<ゲッター線>の特性を利用して超高温で加圧処理をすれば、ゲッター素子を内包した合成鋼が精製出来るというのは誠に興味深い見解じゃ。
 ……じゃがな」
 敷島は、火傷でただれたために瞼が引きつり、大きく見開いてしまっている右目を、ギヌリと早乙女に向ける。
「γ軸の数値が低過ぎやせんかね。
 コレじゃ融合する前に自壊しかねんぞ。
 早乙女君はそーゆートコが丼勘定でいかんのう。
 科学者たるもの数字で他人を説得させにゃ、誰も認めてはくれんよ。ん?」
「すみません。
 でも今回のレポートは、具体的な数値よりも着想の方を優先的にまとめた物ですから……」
「言い訳はいかんのう、早乙女君」
 敷島はピシャリと早乙女に釘を刺す。
 そうは言っても、<ゲッター線>は未知のエネルギーなのだ。
 たかがひと月やそこらで解明出来ると思う方が無茶である。早乙女にしてみれば無理難題を押し付けられているのに等しかった。
 やっつけなレポートになるのも当然である。
 とはいえ、ざっと目を通しただけで早乙女のレポートの穴を指摘してしまう敷島の才能は尊敬に値するものであり、さらには早乙女に内緒で“あんなもの”をたった1ヶ月で形にしてしまわれては、早乙女にはぐうの音も出ないのである。
 異能故の異端なのか。異端であるからこその異能なのか。
 敷島教授の才能は、天才と言うべき域にある事は間違いが無い。
「いえ、現実的にγ軸の理想数値を再現出来る施設が現在何処にも存在しませんから、実現可能な最大数値という意味でその数字を……」
「ふん、そんなモンはワシらが心配する事じゃないわい。
 何なら施設の2つ3つでもメルトダウンさせてやれば、政府だってちゃんとした実験施設を作ってくれるってモンじゃ」
 かかかと笑う敷島に、『数字で説得しろよ』と早乙女は心の中でツッコミを入れた。
 敷島教授に常識は通用しない。
「それにしても早乙女君、この<ゲッター線>てのは良いのう」
 早乙女はその未知のエネルギーを<ゲッター線>と名付けていた。
 命名の由来は実験時に竜崎が叫んだあの言葉から来ている。
 それに間違いはない。
 <ゲッター>という言葉が、早乙女の脳裏に焼き付いていたのは確かな事実だ。
 が、いざその呼称に決めてみると、不思議な程にその響きが当然の物のように思えてしまうのである。
 それどころか、その未知のエネルギーの存在自体——そのイデア自体が持つ名称であるとすら感じてしまう程に、至極当たり前の物に思えた。
 竜崎は、いったい何故あの時『ゲッター』と叫んだのであろう?
 いや、むしろ「何故そう叫ぶ事が出来たのか?」というべきか。
 竜崎は<ゲッター線>の事を、何か知っていたのではないのだろうか?
 そんな風にすら、思えてしまう。
「エネルギー効率、内在する熱量の総和、解析不能領域、どれを取っても現存するエネルギー源とはケタが違う!
 人体にも影響が無さそうじゃしのう」
 早乙女は実験時に<ゲッター線>を浴びてから、何度もメディカルチェックを受けている。
 が、異常は皆無であった。
 その後に行ったラット実験でも、現時点で異常は見られない。
 本来は竜崎も共に被験体としての検査を行うべきなのであるが、なにぶん行方不明であったために、データとしては早乙女の物だけが提出されている。
「それに、何と言っても宇宙から無限に降り注いでいるという所が素晴らしい!!
 この<ゲッター線>の解析が進み有効利用されれば、人類はエネルギー問題から解放されるやも知れん!
 エネルギー環境のパラダイムシフトが起こるぞ!
 まったく、何で今までこの<ゲッター線>が発見されなかったのか、不思議なくらいじゃ」
 その通りなのだ。
 実験によって<ゲッター線>を発見出来た事により付随的に判明したのだが、<ゲッター線>はG鉱の中にだけ存在する物では無く、実は宇宙から地表に降り注ぐ数々の宇宙線の中にもその存在を示したのである。
 ——物差しが無ければ測れない。
 <ゲッター線測定器>が存在しなければ、確かに認識する事すら出来なかった訳なのだが、それにしてもこれ程のエネルギー量を持つ宇宙線を、その存在すら推察出来ていないというのは何とも不思議な話である。
 運命論など片腹痛いが、今このタイミングで早乙女の手によって発見されたという事に、何かしらの意味があるのでは? と穿ってしまえる程に。
 そしてまた、その<ゲッター線>を古来から浴び続けても尚、普通に生命活動が出来ている人類には「<ゲッター線>は無害である」と言っても構わないと、推察も出来よう。
 知らずの内に、人類は<ゲッター線>と共に歩んでいたのである。
「じゃがな、早乙女君!
 そ〜んなコトはワシにとっちゃどーでもいいんじゃよ!!
 真に重要なのはただ一点!!
 この<ゲッター線>を使えば、とんでもない程強力な兵器が作れるというコトなんじゃぁ〜!!」
 敷島の独り語りを右から左に聞き流していた早乙女の眼前に、敷島の醜悪な顔がぬっとアップになった。
「わっ!!」
 鼻と鼻が触れ合う程に顔を近づけられた早乙女は、心臓が止まるかと思う程に驚き、後ずさりをする。
「お、驚かせないでください!!
 教授の顔、心臓に悪いんだから!!」
 チンピラヤクザの竜作を笑う事は出来ない。
 敷島の顔のアップに未だ慣れる事の出来ない早乙女の心臓は、早鐘のように鳴っていた。
 きっと、これからも慣れる事は無いだろう。
「てか、強力な兵器って……オレは別にそーゆーつもりで<ゲッター線>を……」
「いいか、早乙女君!! 
 強力な兵器と言ってもアレじゃ、原爆なんかとは違うんじゃよ?」
 敷島の目がキランと光った。
「アレはいかん。
 アレには兵器としてのロマンが無い。
 爆発の威力は認めるが、撒き散らす放射能がその後の被爆者を苦しめるなんてのは、兵器として風上にも置けん!
 兵器ってのは、人を綺麗さっぱり吹き飛ばすか、そうでなければズタズタに切り裂くか、ボコボコに穴を開けるか、グズグズに押し潰すかしてこそ、意味がある。
 その兵器自体の力によって人の命を奪う所にロマンがあるんじゃ!!
 副産物で長期に渡り人々を苦しめるなど愚の骨頂。
 スバーッと綺麗に殺戮してこそ真の……」
 元々、兵器に対するその偏執さを買われて、先の大戦では軍で兵器開発に従事していた敷島である。
 語り始めたら止まらない。
 早乙女は、敷島の「語りたいスイッチ」の地雷を踏んだ自分の迂闊さに溜め息を吐いた。
 こうなると敷島の演説は止まらない。
 肩を落としながら敷島の演説を右から左に聞き流していると、救いの手が差し伸べられた。
 和子が研究室の廊下から「ちょっと」と、手のひらで早乙女に来い来いと手招きをしていたのである。
 早乙女は演説を続ける敷島の目を盗み、そ〜っと廊下に逃げ出した。
「やはり美しい兵器の筆頭と言えば、何を置いてもガトリング砲じゃ!
 あれこそ破壊美の最たる物。
 絶え間無く発射される銃弾の雨! 手に伝わる小気味良い振動! 
 次々に破砕されて行く標的の様と言ったらそれはもう……」
 敷島には最早早乙女の事も眼中に無いようで、踊るような身振り手振りを交えながら、宙空を仰ぐように、独り悦に入りながら語り続けるのであった。

 早乙女とリッキーは竜作達チンピラと別れ、大学院に帰っていた。
 竜崎を見失った二人は、和子との約束もあり大学院に戻る事にしたのだ。
 早乙女は催促されていたレポートを仕上げると、敷島に提出するためリッキーと共に敷島の研究室に足を運んだ。
 そして今、敷島の演説が響く研究室の廊下で、早乙女は窓枠に寄り掛かり窓の外を眺めている。
「敷島教授って、何だか怖いわ……」
 研究室内で独り兵器の演説を続ける敷島を横目に、早乙女の前に立つ和子が呟いた。
 早乙女はその言葉に研究室の方に目を向ける。
 自分の世界に入り切って演説を続ける敷島の後ろでは、リッキーが物珍しそうに、研究室内に陳列されている物を、眺めてはいじくり回していた。
「まぁ、かなり偏った所がある人だからね。
 馴染めないのも無理は無いよ」
 早乙女はくすりと笑う。
「でもね、あの人の兵器工学の発想力と技術力ってホントに凄いんだぜ。
 その開発力をちょいと間借りしたもので、電化製品や車、飛行機、自動機械全般への転用されてる技術っていくらでもあるくらいなんだ。
 パテントだっていくつ持ってるのか解りゃしない」
 兵器開発への偏執さこそあれ、早乙女は敷島の才能を心から認めていた。
 偏見に左右されずに素直に他人を認める事が出来るからこそ、早乙女の回りに自然と人が集まるのであろう。
 早乙女とは、そういう男なのだ。
「見てくれも凄いけど、それに負けないくらい才能だって凄いんだぜ。
 天才ってのは、あーゆー人の事を言うんだよな。
 ま、確かに見てくれに似合った方向での才能ではあるけどさ」
 早乙女はケラケラと笑った。
「それ、褒めてるの?」
 和子が溜め息をつく。
「早乙女くん、変な人とばかり相性がいいんだから……先が思いやられちゃうわ」
「大丈夫。キミには苦労は掛けないよ♪」
 早乙女はおどけて見せた。
「早乙女くん、口ばっかなんだもん」
 和子が口を尖らせた時、研究室から小さな爆発音が聞こえた。
 二人が部屋を覗き込むと、リッキーが顔を爆発のススで真っ黒にさせ、二本の棒を持ってキョトンとしている。
 敷島の発明品をいじって、暴発でもさせてしまったようだ。
「リッキーも、懲りないなぁ」
 早乙女が呆れた。
 どうやら、毎度の事のようである。
 リッキーは「こりゃ! 勝手に触るなといつも言ってるじゃろ!」と敷島にスパナを投げ付けられた。

「……あ、いけない。そんな話じゃ無かった」
 二人が窓際に戻ると、美奈子が思い出したように言った。
「美奈子さん、竜崎君の部屋で一人で待ってみるって。
 大家さんから鍵を借りられたから、大丈夫だって、言ってたわ」
「そうか」
「美奈子さん……可哀想……」
「そうだな……」
 早乙女は和子に竜崎と会った事を切り出す事が出来なかった。
 結局チンピラヤクザと関わり合いを持ってしまった事を、言い出す事になるのが気が引けた訳では無い。
(いや、ちょっとはあるのかも知れない)
 あの竜崎の変わり果てた姿を、和子に何と言っていいのか解らなかったのだ。
「後で、竜崎の部屋にみんなで行ってみようか。
 美奈子さんの様子を見にさ。
 ぼちぼち陽も暮れるし、惣菜でも持って行ってみんなでメシでも食えば、少しは美奈子さんも気が紛れるんじゃないかな?」
 早乙女は無理に笑顔を作った。
「そうね。そうしましょうか」
 和子の顔も明るくなる。 
「それに、もしかしたら……」
 早乙女は聞こえないような小さな声でつぶやいた。
「ん? 何か言った?」
「……いや、何でもない」
 もしかしたら、竜崎も部屋に帰っているかも知れない……
 早乙女は、美奈子の名を口にしたあの時の竜崎の涙を、信じたかった。


To be continued.

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コメント

_ ひろz ― 2008年05月19日 23時57分58秒

ここでの考察ポイントは、早乙女は何故「ゲッター線」に<ゲッター>という単語を用いて命名したのか?(命名できたのか?)という事。
『ゲッターロボアーク』まで刊行されている現在、
「ゲッター線」はもう<ゲッター>以外の何物でも無いと解ってるワケですが(文の言い回しの方がワケわかんないですね(笑))、
早乙女は何故「未知のエネルギー」に、ちゃんと<ゲッター>と命名出来たのか?
まぁ、展開として有りがちなのは「夢のお告げ」とかだったりするワケですが、それではつまらん。と。
なので「実は<ゲッター>とは、本来恐竜帝国で用いられていた用語だった」というのはどうだろう?
というのが私の解釈です。
だって、何億年も前にゲッター線に滅ぼされているんですよ。恐竜帝国。
生き残りがそれから何億年も経った今でも「未知の宇宙線」と名前無しで言い続けてるワケが無いじゃないですか。
恐竜帝国側だって、その「未知の宇宙線」の研究を続けているハズです。
(『アーク』における「ゲッターザウルス」がその集大成なワケですよ)
恐竜帝国こそがとっくに<ゲッター>と命名してる方が自然です。
だからそうした方が本家ゲッター作品上でも、いきなり恐竜帝国側と人類側が<ゲッター>とか言い出してますが、それ以前に、既に意志の疎通は出来ていたってコトになるのですよ!(笑)
(だって例えばゴールと人類で
「我らはギガ宙線によって滅ぼされたのじゃ!」
「なんだそのギガ宙線ってのは?」
「きさまらサルの言うゲッター線の事よ!!」
 なんて会話をしてたら間抜けでしょ?
「にっくきギガ宙線で動くロボットなど、ひねり潰してくれるわ!」
 では盛り上がりませんよ(笑))
なので、この小説では恐竜帝国と何かしら関係のある竜崎が、<ゲッター>という言葉を早乙女の耳に入れたのである。という展開にしてみました。
どうでしょうか?

_ カゼ ― 2008年05月20日 22時08分35秒

おおお、凄い! 面白いですねえ!
なぜ「ゲッター」と言う名称が共通しているのか、これだとシックリ来ますね。

毎度、設定が練り込まれていて、ヒザを叩いてしまいます。
これで、原作を読んで、設定の重箱のスミをつつく人に、「いや、たぶんこうなんだ!」と言える訳ですね。
こりゃあ構想10年かかりますわ(笑)。

_ ひろz ― 2008年05月21日 00時01分37秒

★カゼさん
いつも感想ありがとうございます。

まぁそれでも「たぶん」としてしか言えないワケですが(笑)。
当時のロボットアニメじゃ、敵も味方もお互いの名前を知ってて当然な描かれ方をしているワケなので、
ソレを逆手に取って解釈してみました。

>こりゃあ構想10年かかりますわ(笑)。
その10年の間に石川氏も『ゲッター』を描き進めているワケで、
久々に漫画の初代『ゲッターロボ』を読み返してみたら、
「あ〜! 1巻冒頭の書き足しで『星がきれいな夜にゲッター線を発見した』コトになってる〜!
 オレの小説だと、雷雨だよ。
 地下施設にこもった時は晴れてたから、『早乙女の記憶の中では晴れ』ってんじゃダメかな〜」
とか、
「サーガ版描き足しの『恐竜帝国潜入作戦』エピソードで、敷島が『核をぶちこんじまえ』とか言ってるよ〜
 今回、原爆否定なセリフなんて書かなきゃよかった〜
 この小説のベースって、大都社版までのオレの記憶で書いてるようなモンなんだよなぁ。
 『原爆以上の兵器を作りたかった敷島は、この小説当時はコンプレックスを持っていただけで、羨ましかったから逆に否定派に回ってた(ロボを作り上げたコトで、そのコンプレックスは無くなった)』ってコトじゃダメ?」
とか、いっぱいアラが出て来てます(笑)。

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