●『シナリオえーだば創作術』2011年03月06日 03時31分59秒

首藤剛志さんの訃報を知った時から読み始めた(ふりーくさんのリンクで知ったんだと思う)、首藤さんの自伝的コラム
『シナリオえーだば創作術 だれでもできる脚本家』をようやく読み終わった。
4ヶ月くらいかかった。
首藤さんの生き方は、なんか自分に通じるものがすごくあった。
(まぁ、私の生き方は首藤さんほど才能も無いしドラマチックな人生でもないけど)

『まんがはじめて物語』
『宇宙戦士バルディオス』
『戦国魔神ゴーショーグン』
『魔法のプリンセスミンキーモモ』
『アイドル天使ようこそようこ』
『さすがの猿飛』
『ポケットモンスター』
『機動戦艦ナデシコ』
『獣装機攻ダンクーガノヴァ』
この辺りの作品に聞き覚えのある方は是非読んでみてください。

http://www.style.fm/as/05_column/05_column_top_bn.shtml

振り返れば『機動戦士ガンダム』の最初3話まで観て
「何だかわかんなくてつまんないから『まんがはじめて物語』の方がいい」
と言って『機動戦士ガンダム』の本放送より裏番組の『まんがはじめて物語』(てか元々コッチを観てたのでむしろ『ガンダム』の方が裏番組)を観てた子供だったんだよなー。オレは。
(『ガンダム』をそれなりに観始めたのは中盤以降。本腰入れて観始めたのは再放送からだった気がする。)
時代的に『戦国魔神ゴーショーグン』で名前を知って、とはいえ『ゴーショーグン』
も『バルディオス』も『ミンキーモモ』も、ちゃんと観てなかった気がするが。
ウチ、ビデオデッキ無かったから録画なんて出来なかったし。部活とかでウチに帰るの遅かったし。
アニメ誌等でスゴイ!と騒がれてた刷り込みの方がでかいかも。
なのに何でこんなに名前を覚えているのかと言うと小説版『戦国魔神ゴーショーグン』を3〜4巻目くらいまで買ったから。
でもこの本も面白かった覚えはあるが、内容はもう全然思い出せないし、小説とマンガに関しては買った本は大抵取っておく自分なのだが、この小説は本当に実家に取っておいてあるのか自信が無い。
あればぜひこっちに持って来て読み返してみたいものだ。

とかいうくらい、そりゃぁ『ガンダム』の富野監督に比べれば自分に与えた影響はかするくらいなのかも知れないが、何故か今の自分には首藤さんの名前が心に引っ掛かってならない。
それくらい、このコラムにはよくわからないが「わかるもの」があった。

ポケモン映画の『ミュウツーの逆襲』と『ルギア爆誕』、世界で一番と二番目にヒットしたアニメ映画だそうな(ジブリ作品は興行成績で未だ抜けてないそうな)。
観てみようかな。

ノロウイルスにかかってました。2011年03月09日 10時44分48秒

3月5日くらいから下痢になり始めた。
その前から奥さんがウイルス性腸炎だったため、二人してトイレの取り合いに。
と、この辺りではまだ笑い話だったのだが、6日の昼くらいからなんかダルい。
てか身体が重くて節々が痛い気がする。
で、夜に熱計ったら38度7分あった。
頭がくらくらしますよ?
夜中寝てたら発熱によるあまりの寒気にガクガク震えて来てしまい、全然寝れないので、肌が出てる部分を全部覆ったら(靴下穿いたり手袋したり。上下は冬はいつもフリースにスウェットで寝てるので、つまり完全防寒)逆に自分の高すぎる体温であったかくなった。
7日の朝にあらためて熱計ったら38度1分だったので、あきらめて雪の降る中を病院に。
コレってどんな仕打ち?
病院行ったら高熱のため隔離されて診察を受けるも、触診もされず問診のみであっさり「ノロウイルスですね」と診断。
しかも処方されたのは胃腸薬と下痢止めのみ。
発熱による高熱で体内のウイルスを殺すという話は知ってるけど、お腹回りの薬しか出ないんだ?
こんなに辛いのに。
あと一日二日もすれば熱は引くから。と医者に言わたけれど、夜には熱は平熱くらいに下がった。
が、下痢は未だ治らず、それどころか熱の後遺症か、いつもの偏頭痛に近い頭痛が
ひどくなり、ある意味この晩が一番うなされた気がする。
8日も頭痛が続きまくりでほとんど寝てたのだが、夜中の1時くらいにハタと、ノロウイルスからの不調から抜けた気がした。
そしたらそれまで寝まくったせいか、半端に体力が戻ったことで今度は眠れなくなり、今、朝11時だというのに現在起きっぱなしです。
↑今ココ。
こんなことなら夜中から仕事始めてればよかった。

●村野守美さん逝去、69歳2011年03月09日 10時46分56秒

「ほえろブンブン」「草笛の季節」などの代表作で知られる村野守美が、3月7日晩に心不全のため逝去した。1941年9月5日生まれ、69歳。

http://natalie.mu/comic/news/46129


うあぁ、私がノロウイルスによる発熱の後遺症の頭痛で、うなされながら寝てた頃だ。
心よりご冥福をお祈りいたします。

●高熱にうなされると……2011年03月09日 15時25分09秒

今日、歯を磨くのに鏡を見たらびっくり!
「し、白髪になってる……」
髪の毛が真っ白になってました。
何か強いショックを受けたり高熱にうなされたりすると、
一晩で白髪になるって話、本当だったんですね……


……てか、前に髪を染めてからぼちぼち半年くらい経つので、そのせいなんでしょうが、オレもうこんなに白髪なんだ?
それにしても今月の初めくらいはまだこんなに白く無かった気がするが、白髪染めって一気に落ちるモン?

地震2011年03月11日 17時16分50秒

地震がすごかったですが、ウチの被害は積んである本がくずれたくらいでした。
とりいそぎご報告まで。
災害に遭われた方々におきましては心からお見舞い申し上げます。

地震での情報の取り方2011年03月11日 20時37分06秒

今回の地震で思った事。
携帯電話がダメ。
携帯メールがホンの少しだけ繋がったけどほとんどダメ。
その代わり携帯からツイッターをやってる人も居たようなので、ネットには繋がったみたい。

自分は在宅人間なので、パソコンからでの話だけれど、
とにかくツイッターは情報が早い。
が、デマも結構混じってる。
身近な人間とはmixiの方が連絡が取りやすい。
ログインさえしてくれれば、必ず連絡が取れるので。
だからツイッターとmixiを平行で眺めながら、
Uストリームで配信されているNHKを観つつ(聞きつつ)、
正確な情報把握してるって感じです。
ネットにテレビは負けたとか何とか言うけど、やっぱりある程度の早さを持つ正確な情報を欲する時はテレビのニュース番組ですね。

と、今回の自分の情報の入れ方って「はやぶさ」の大気圏突入の時と同じ事やってるな。と思いました。
「はやぶさ」で予行演習が出来ててよかったです。

●復活のスーパー2011年03月16日 21時32分40秒

夕飯のおかずを買いに近所のスーパーに行った所、
日曜日にはガラガラだった商品棚もかなり復活していました。
いいかげんみんな買い飽きた模様(笑)。
都内は元々流通不足をしてる地域じゃないので、
買い占めが起こったとしてもせいぜい1週間で元に戻るだろうと思ってたのだけど、それ以上に早く品揃えされるかも知れません。
うーん、流通してるってスゴイですね。

停電等で生活が多少不便になるのは続くかも知れませんが、
少なくても都内の乱痴気騒ぎはまぁ1週間で収まると思いますよ。
だから買うのは今日の分程度でいいんです。

●震災に絡むココ2週間の自分まとめ(その1)2011年03月17日 07時43分29秒

とりあえず今月仕事もほぼ終わった事だし、この怒濤の2週間の自分まとめをしようかと思う。

3月3日(木)辺りから、なんかやや下痢腹っぽいな? 奥さん前日にウイルス性腸炎とか診断されてたな。とか思ってた所、5日(土)の夜に下痢が本格化。
未だ腸炎が治らない奥さんとトイレの取り合いに。

翌6日(日)、下痢は治らないわ何か全身の節々は痛いわで全然仕事進まず。
夜に何気なく熱を計ってみたところ38.7度。どんなに熱が出ても37度そこそこの自分にとっては、見た事のない数字。
とりあえず仕事のやる気の出ない原因が熱のせいだと解ったので、ある意味安心して仕事を再開。
この時点で仕事の累積が目の前の1ページしか無かった上に、このページは火曜入稿だったのでスケジュールに余裕も無い事から「2時間あれば出来る」と無理してやる。
その後布団に入ると発熱のせいで逆に身体がガクガクと震える。
これはアレだな。
昔社員旅行でグアムに行った時(あれ?サイパンだったっけ?)、全身の日焼けが凄くて軽度の火傷になったせいで、発熱から体温が奪われ逆に震えてしまうというアレに近いな。
靴下穿いて手袋して全身はスエット着込んで、肌をまったく出さずに布団に潜ったら今度は自分の発熱が外に逃げず、むしろあったかくなって震えが止まった。

7日(月)、熱はまだ38.2度ある。午前中、雪の降る中近所の病院に行く。
「ノロウイルスですね」
処方されたのが結局胃腸薬と下痢止めのみ。
ええ? こんなに熱で辛いのにそれだけなの? まぁ、発熱する事で体内に入り込んだウイルス殺すってコトは知ってるけど。
この日は大人しく一日中寝る事に。
普段はこの時期にこんなコトしてる場合じゃないのだけど、幸か不幸か、今月はまたしても仕事が少ないのだ。
手元にあるのが先述の返事待ちの1ページのみ。
その返事の催促すら放置して、これ以上は無理と、うなされながら寝る。

8日(火)、熱はもう午前中から下がり始める。当然だが下痢は継続中。
昼に件のページの返事があり、身体をだましだまし仕事して夕方にアップ。
熱は下がったのだが、その揺り返しか、頭痛と吐き気と全身疲労が凄い。
てか、38度の熱があった日曜の方がまだ全然仕事が出来たくらいの体調。
夕方からようやく仕事がぼちぼち入り始めるも、未だ調子戻らず。寝る。
が、深夜1時頃、唐突に体調がノロウイルスから「抜けた」気がした。
そしたらこれまで一日中寝まくってたせいか、体力が戻ってもいないのに眠れなくなる。
不眠症勃発。
体力的にはヘロヘロなのだが、無駄に起きてる時間がもったいないので仕方無く深夜から仕事再開。

9日(水)、起きてる限界を越えてから寝てるのに1~2時間程度の睡眠で目が覚めてしまう。体調ボロボロ。でもようやくまとまって入って来た仕事があるので仕事をし続ける。
オレはこの2週間でギリギリひと月分の収入を得て生活してるんですよ。
ココ落としたら、もう生活出来ないんです。
だから無理をしてでもこの時期の仕事をしなけりゃならんのです。

10日(木)、いつ寝ていつ起きてるんだかよくわかんない状態。
唯一わかってるのは、起きてる時間は全部仕事をしていないと仕事を落とすということだけ。
でも一日経てば米粒一粒分くらいは体調も復活してる実感。本調子では無いにしろ。

11日(金)、正午くらいに親からみかん箱が届く。
中身はウチで採れたみかんと干物と漬け物などが大量。
実はコレがとてもありがたかったコトになるとはつゆとも知らず、
「だから仕事で忙しいこの時期に、来た干物を仕分けしなおして冷凍庫にしまう手間を掛けてる時間はねーんだよ!」と不機嫌になりながら干物を仕分ける。
だってその場でやらないとダメになっちゃうから。干物が。
さて、仕事始めるかー!
と思ってた14時46分。
地震です。東北関東大震災の起きた、まさにその時。
「お? 揺れてるな」と思いつつ。パソコンを押さえる。
何が怖いってパソコンが倒れでもして壊れたら、お仕事パーですよ。
今からパソコン新たに買い行ってたら、もう締め切り間に合いませんよ。
いつの間にか命より大切になってます、オレのmac-PRO。
思ったより大きくて長く続いた地震ですが、隣の部屋で平積みしてた録画済みブルーレイディスクの山が崩れた程度で、仕事部屋の物は何一つ崩れなかった程度の小被害。
子供の頃から「大地震来るぞー!」と言われ続け、かつ小~中規模の群発地震がしょっちゅう起きる地域に住んでいた自分としては「直接被害の無い揺れただけの地震なんかは、どんなに震度やマグニチュードが高くても、まったく問題無し」のメンタリティが備わっているので、余震が何度も続く中、「揺れてるなぁ」程度でへいちゃらで仕事を続ける。
ただ、「横揺れは怖く無い。縦揺れには気を付けろ」で育った自分でも、「この横揺れは何かおかしい」とは同時に気付いていたので、仕事の合間にテレビやネットで情報を入れる。
そしてとんでもない災害だと気付く。
まさかね、地震自体より津波の方が怖いとは。

以下続く。

とりあえず地震までのまとめ。
考えてみればノロウイルスからこっち、休み無しで地震に遭遇してるんですよね。私。
ホント、体力的・精神力的にキツかったです。
でも逆に言えば、仕事で忙しかった分だけ、地震のニュースとかも大して見れて無いし、
地震を気に病む精神的余裕も無かった(「地震だぁ? 地震と締め切りどっちが大事だと思ってンだ!」的な)から、街がひとつ壊滅してるなんて衝撃的なニュース映像を見ても多少うわのそらでいられ、地震被害に関しての精神的マージンを逆に得られていたのかも知れません。

●震災に絡むココ2週間の自分まとめ(その2)2011年03月18日 04時04分20秒

11日(金)続き。
東北の方では何だかとんでもない状況になっているようだが、なにおう!
コッチも仕事がとんでもないんだー! とは思いつつ、現状把握をするために結局仕事と情報収集を余震の中同時進行。
地震直後に、「ウチの被害はほとんど無し」のメールを奥さんの携帯に送る。
送信時の反応が渋かったため「携帯通じないのか?」と思ったが、何とか送信完了。
が、奥さんからの返信がなかなか来ない。メールが届いてるやら届いてないやら。
電波状況でサーバーで止まってる可能性もあるなと気付き40分後くらいに読み込んでみたら「無事です」のメール。とりあえず一安心。
(※携帯メールのサーバーが混雑してる場合、携帯には自動配信されなくてもサーバーまでは届いてるケースがあるので「新規メール確認」等でメール読み込むと、意外とメールが来てたりします。覚えておくと便利)
ただ、こちらの無事メールを読んでの返信では無かったのが少々気がかりだったが。
twitterやmixiにログインし情報を収集し始めると、どうやら都内の電車は全て運休。
そして再開のメド立たず。との報道。
家まで歩いて帰る。とか言う人も多数居て、テレビアニメ『東京マグニチュード8.0』の世界だな。こりゃ。とか思う。
ウチの奥さん、身体弱いのに歩いて帰って来れるのか?と考えていた所、「食料や水、トイレなども不足するので歩いて帰らない方がいい」とtwitterで流れ始め、そうこうする内に政府も同じようなコト言い出したので、自分の中では奥さんには「電車が動くまで会社に泊まらせる」という方針が決定。
何しろ下痢腹から治ったばかりなのだ。何が地獄ってトイレに辿り着けない事ほどの地獄は無かろう。
この頃には携帯はメールも電話も役に立たない事がとっくに判明してたが「無理に帰ってくるな。連絡はmixiで取れる」と一縷の望みを託し携帯メールを出すも、返信は無い。
それにしても、災害時におけるtwitterやmixiの有用性は偉かった。
奥さんとは連絡取れないが、mixi上の知り合いとは次々と連絡が取れ、twitterではテレビ以上に早い情報が飛び交っている。
(但し、twitterはデマも多い。てかデマ多すぎ。)
ぼちぼち午後6時と、奥さんの終業時間。連絡がつかないまま、奥さんはどうするつもりなんだろう?とハラハラしてると、ようやくmixiに奥さんの書き込みが。
「いま会社です。近所で時間つぶして電車の復旧を待ちます…。ダメならバスか徒歩!?」
うわぁ! オレのメール、届いてねー!
駅の改札に殺到する人波に飲まれてクルクルした挙げ句、パニックを起こした人波の流れのままに徒歩での帰宅を選んでしまう奥さんの姿が目に浮かんだ。

続く。

●震災に絡むココ2週間の自分まとめ(その3)2011年03月18日 16時32分04秒

11日(金)続きその2。

午後7時、ウチの電話が鳴る。
あわてて出たら奥さんだった。
(※奥さんは公衆電話から掛けて来ました。
災害時に一番繋がり易いのは、実は公衆電話→家電話なのです。
覚えておくと便利)
とりあえず安堵しつつも「食料を確保して会社に戻って、会社で泊まるように」と指示。
この時点で電車の11日内復旧は皆無と報じられていたので、もう帰って来ない方が賢明。
ライフラインが寸断されたワケで無く、単に電車や交通機関の運休で帰宅が出来ない今回みたいな場合は、変に帰ろうとするより会社に泊まる方が絶対にいいと思うんですよ。
同じように帰れない仲間もいるだろうから顔見知りが居て心強いだろうし、上手くすれば会社の非常時の備えもアテに出来るし。
連絡もついて動向も確認出来て一安心したオレは、とりあえずメシを食い、余震が続く中、朝まで仕事をしたのだった。

12日(土)
朝になると電車も動いたので、早々に奥さんが帰って来た。
会社で毛布を貸してもらったとは言え、床にごろ寝では熟睡出来なかったらしい。
うーむ。それでは編集部の床部は勤まりませんぞ(笑)。
(朝夜関係無い編集部では床寝が普通で、さらには何日も家に帰らない人達の事を「床部」と言うらしい)
何はともあれご苦労さまでした。無事で何より。
昨日の様子をうかがうと、地震のあった後、会社のみんなで避難。そしてその避難先からさらに日比谷公園に避難。でも終業時間前よりかなり前にはもう会社に戻っていて、仕事も再開してたとのこと。
一番気になった、終業後の午後6時以降に会社を出てからの事を聞くと、なんと「美容院で髪切ってた」そうな。
や、そーいえば確かに金曜日の朝「美容院行くから帰り遅くなる」と言って出てった気はするが。
何でも店に行ったら地震騒ぎで閉店してたのだが、まだ電気とか点いてたから「予約してある者ですけど」と声を掛けたら「せっかくだから」とやってくれたそうな。
なんというかまぁ、随分と落ち着いていますねアナタ。心配してソンした(笑)。
で、オレも朝まで仕事してたし、奥さんも睡眠不足と言うので二人して朝から寝る。
当然、昼過ぎに起きてから仕事。

13日(日)
オレはもう順調に体内時計が狂い始めて、昼寝て夕方起きる生活。
ある意味それが日常(笑)。
夕飯のおかずを近所のスーパーに買いに行くと、棚がガラガラ。
インスタントラーメンやお菓子、野菜等が全て無い。
地震のパニックで買い占めが起きた模様。
えー? ウチの近所なんて全然大した被害なんか無いハズじゃん。
余震は確かにまだあるけど、メインより大きい余震なんか無いってば。
何を不安にかられているんだか?
コレだから地震慣れしてない地域の人達は。
仕方ないので何故かいっぱい売れ残っていた鰻の蒲焼き1パック380円を2つ買う。
震災後なのに鰻の蒲焼きを一気呵成に食べられる幸せ。
(『モーニング』でやってる鰻マンガが好きなんです)
そんな地域で物資が不足するとは到底思えないので、ウチでは踊らされずにこれからもその日の分しか買わない事にする。
まぁ、1週間もすればみんなもう買い締めるのに飽きて、元に戻るでしょ。
と思ってたら、輪番停電の告知のニュース。
そっちの方が困るじゃん!
グループ分けとか停電時間とか調べてみるも、ウチの地域は町でもさらに区分されるらしく、しかも記入ミスか何か知らんがウチの町名が明記されて無いときた。
コレはもう輪番停電じゃ無くて、全部の時間が停電で、点いたらラッキー。って考えるしか無いんじゃね?
と開き直ってみれば、なんだ、逆に言えば深夜は絶対停電しないのね。
深夜働いてるオレには被害少ないじゃん。と半分だけあきらめる。
そうこうしてる間に編集の進行さんと連絡が取れ
「ぶっちゃけ、本が出るかどうかわからない状況(製本出来ても配送が、それ以前に印刷工場が茨城にあるらしいので製本自体出来るかどうか)なので、無理に締め切り守ると言うより成り行きで進めておくという感じでいいですよ」と言われる。
が、本って意外にそんなに簡単に出なくなるものでも無いって事は知ってるので(その逆に、結構簡単に出なくなったりもするんですが(笑))、その話は聞き流して、粛々と作業を進める事に。
普通のスケジュールで考えたら、ノロウイルスで出足からコケてる上に、地震からこの3日間で結構取り返しのつかないタイムロスをしてるのは事実だから。
そして、輪番停電のスタート時刻の朝6時に仕事を終了。
ウチの地域、停電は、結局しませんでした。