ゲッターロボ-The beginning- 005(第1章) ― 2008年03月23日 15時15分27秒
***
柔らかい秋空の陽光が少しだけ傾き始める。
綺麗なすじ雲が鮮やかに大空を流れていた。
歓楽街の通りでは、そんな爽やかな秋風を遮るかのように、必死に客を呼び込む店員のあざとい勧誘の声が飛び交っている。
心地よい秋風すら澱ませてしまう程の雑然さの中にこそ、人の本質という物は存在するのかも知れない。
通りの角にある新装開店をしたらしいパチンコ屋の軒先には花輪が並び、平日の午後だというのに、遊興にふける客の姿で賑わいを見せていた。
数年前に施行された連発式パチンコ機の禁止令によりそのブームが下火になったとはいえ、依然としてパチンコは大衆娯楽の殿堂である。
庶民は綺麗に光る銀色の玉に夢と欲望を乗せ、レバーを弾き続けるのだ。
内装も新しい店内にはそんな綺麗な装飾とは裏腹に、欲望に満ちた、人の歓喜と悔過が交じり合っている。
客の一人の若い男は負けが込んでいるのか、灰皿に埋もれたタバコの吸い殻からまだ吸えそうな残り代のあるものだけを選り分けていた。
シケモクのひとつを口にくわえると、渋い顔をしながらマッチで火を点ける。
二口も煙を吸い込むと、その火はフィルターに達してしまい、男は再びシケモクを無造作に灰皿に押し付けてしまう。
男は手にした一個のパチンコ玉を見つめた。
「頼むぞぉ、コレが最後のひとつなんだ」
男は眉間の前にそのパチンコ玉をかざすと、祈るように呟いた。
パチンコ台レバーの上、右端にある玉の投入口に、パチンコ玉を持つ男の左手が伸びる。
大戦の戦後復興も一段落したこの時代。
土木作業を生業とした肉体労働者から頭脳労働者、いわゆるサラリーマンと呼ばれる新中間層へと労働の質のシフトが起こり始めているこの時代において、己が欲望のまま、享楽的に生きる若者達の姿が目立つようになっていた。
敗戦を享受した事で築き上げられた平和の中で生きる、行き場の無い衝動がそうさせているのであろうか。
旧来の道徳感を無視した、快楽にまかせた情動で動く事を良しとする若者達。
彼らは酒や暴力・異性に溺れ、その青春を謳歌していた。
とはいえその無軌道振りを心行くままに謳歌出来るのはやはり一部の裕福な者の特権であり、大半の若者は、そんな流行りに憧れ真似をしつつも、生活費すらままならない日々を送っているものである。
その若い男も御多分に漏れず、親からの仕送りや学費を遊び呆けて使い果たし、ポケットに残ったわずかな小銭で、銀色のパチンコ玉に一縷の望みを託していたのだ。
大音響で店内に流れる軍艦マーチが、若い男の浅はかな希望の後押しをする。
若い男はパチンコの盤面を凝視しながら、念を込めるように最後の一投のレバーを弾いた。
勢い良く玉が天釘へと向かって走る。
天釘に弾かれ、踊るように落下して行くパチンコ玉。
風車に絡みつくと、玉は吸い込まれるようにチャッカーに落ちた。
チン、ジャラジャラ。
小気味良い音と共に、大量のパチンコ玉が下皿から吐き出される。
「ぃやったぁーーー!!」
男の念が通じたのか、最後の玉は、見事大化けをしてくれたのだ。
苔の一念岩をも通すとは、この事であろう。
「こ、コレで3日振りにマトモなメシが食える〜!!」
ツキが回って来たのか、男が弾く玉は次々にチャッカーへと落下し、見る見る内にドル箱が積まれ始めた。
「うおぉぉ! オレってもしかしてパチンコの天才かよ!
パチプロで食って行けんじゃねーの?」
打って変わってのあまりの好調振りに、ハシャギまくる若い男。
が、調子に乗り過ぎたせいで、隣の席の男に肘をぶつけてしまった事に彼は気付かなかったのだ。
若い男は横から不意に後頭部を掴まれ、パチンコ台のガラス面に勢いよく頭を叩き付けられた!
「がっ!!」
ガラスが割れる派手な音と共に、若い男の額からは血が噴き出していた。
「え? ……あ?」
自分に何が起きたのか解らずに若い男は困惑する。
一拍のタイムラグの後、激痛が襲って来た。
「い、痛てぇ……
何すんだよ! てめぇ!!」
血を流す額を押さえながら、男は隣の人間を睨み付けた。
欲望のままに生きる事が流行りのこの時代の若者である彼にとっては、喧嘩程度に躊躇は無い。
誰に喧嘩を売っているんだとばかりに吼えたてる。
が。
噛み付いた相手が悪かった。
そこに居たのは見上げる程の大男だったのである。
大男はそんな若い男のガンタレなどは意にも介さずに、今度は側頭部を掴むと、再びパチンコ台へと若い男の頭を叩き付けた。
そのあまりの怪力に、若い男の頭はパチンコ台にめり込んでしまう。
若い男のドル箱が転がり、パチンコ玉が店内に散乱した。
「うるせーよ」
大男は、無表情のまま立ち上がった。
大男は、竜崎達也の顔をしていた。
突然の乱闘騒ぎに、店内は騒然となった。
若い男の流血におののき逃げ出す客や、騒ぎを聞きつけ野次馬として取り囲もうする客で店内がごった返す。
一列に並んでいるパチンコ台の後ろで、当り玉を補給していた店員は何事かとパチンコ台の上から顔を出している。
店の奥から店員らしき男が数人、飛び出して来た。
見るからに普通の店員には見えない、がっしりとした体躯の、強面の風貌をしている面々である。
この店の用心棒の類いであろう。
用心棒の店員は、竜崎の肩を背後から掴んだ。
「お客さん、困りますね」
その手は、竜崎の肩を締め上げる。
「ちょっと奥まで来てもらえませんか?」
口調こそ丁寧だが、威圧するようにドスの利いた声で、用心棒は言う。
「さわるな」
竜崎は用心棒の手を払い除けるまでもなく、肩越しに裏拳を用心棒の顔面に叩き込んだ。
「うげっ!」
顔を凹ませ、用心棒が倒れ込む。
「てめぇ! ココを何処だと思っていやがるんだ!!」
野次馬を掻き分け辿り着いた用心棒が3人、竜崎の回りを取り囲む。
竜崎は無表情のままだ。
その怪し気な状況に、野次馬の客達は、店の外へと飛び出して行く。
気が付けば10人の男達に、竜崎は囲まれていた。
取り囲む男達の後ろから、サングラスを掛けた男がぬっと現れた。
どうやらその男が、コイツらのボスらしい。
「困るなぁ、<青空>さんよぉ。
見ろ。お客の皆さん、びっくりして帰っちまったじゃねーか。
聞いてるぜ、アンタ、竜崎っていったっけ?
この落とし前、どーつけてくれんだ? ああ?」
サングラスの男は、ねぶるように竜崎の顔を睨み付ける。
実はこのパチンコ屋、どうやら新しく出来た天地会の拠点のひとつらしい。
竜崎を取り囲む男達は皆、天地会の構成員だった。
「どーするもこーするもあるかぁ!
こーしてくれるんだよ!!」
今まで何処に隠れていたのか、青空組のチンピラが二人、竜崎を取り囲む連中の背後から襲いかかった。
手には小刀を握りしめている。
狙いはサングラスの男だ!
しかしそれは見抜かれていたのか、竜崎を取り囲んでいた男達に、いとも簡単に取り押さえられ、袋叩きにされてしまった。
「<青空>さんも、随分とセコイ真似してくれるじゃねーか」
サングラスの男はくわえたタバコに火を点けた。
ふぅと煙を吐く。
「もういい、かまわねーからそいつも畳んじまいな」
男達が竜崎に一斉に飛び掛かった!
To be continued.
↓NEXT
http://hiroz.asablo.jp/blog/2008/03/23/2820872
-------------
↓小説の目次&登場人物紹介&用語解説はコチラ
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柔らかい秋空の陽光が少しだけ傾き始める。
綺麗なすじ雲が鮮やかに大空を流れていた。
歓楽街の通りでは、そんな爽やかな秋風を遮るかのように、必死に客を呼び込む店員のあざとい勧誘の声が飛び交っている。
心地よい秋風すら澱ませてしまう程の雑然さの中にこそ、人の本質という物は存在するのかも知れない。
通りの角にある新装開店をしたらしいパチンコ屋の軒先には花輪が並び、平日の午後だというのに、遊興にふける客の姿で賑わいを見せていた。
数年前に施行された連発式パチンコ機の禁止令によりそのブームが下火になったとはいえ、依然としてパチンコは大衆娯楽の殿堂である。
庶民は綺麗に光る銀色の玉に夢と欲望を乗せ、レバーを弾き続けるのだ。
内装も新しい店内にはそんな綺麗な装飾とは裏腹に、欲望に満ちた、人の歓喜と悔過が交じり合っている。
客の一人の若い男は負けが込んでいるのか、灰皿に埋もれたタバコの吸い殻からまだ吸えそうな残り代のあるものだけを選り分けていた。
シケモクのひとつを口にくわえると、渋い顔をしながらマッチで火を点ける。
二口も煙を吸い込むと、その火はフィルターに達してしまい、男は再びシケモクを無造作に灰皿に押し付けてしまう。
男は手にした一個のパチンコ玉を見つめた。
「頼むぞぉ、コレが最後のひとつなんだ」
男は眉間の前にそのパチンコ玉をかざすと、祈るように呟いた。
パチンコ台レバーの上、右端にある玉の投入口に、パチンコ玉を持つ男の左手が伸びる。
大戦の戦後復興も一段落したこの時代。
土木作業を生業とした肉体労働者から頭脳労働者、いわゆるサラリーマンと呼ばれる新中間層へと労働の質のシフトが起こり始めているこの時代において、己が欲望のまま、享楽的に生きる若者達の姿が目立つようになっていた。
敗戦を享受した事で築き上げられた平和の中で生きる、行き場の無い衝動がそうさせているのであろうか。
旧来の道徳感を無視した、快楽にまかせた情動で動く事を良しとする若者達。
彼らは酒や暴力・異性に溺れ、その青春を謳歌していた。
とはいえその無軌道振りを心行くままに謳歌出来るのはやはり一部の裕福な者の特権であり、大半の若者は、そんな流行りに憧れ真似をしつつも、生活費すらままならない日々を送っているものである。
その若い男も御多分に漏れず、親からの仕送りや学費を遊び呆けて使い果たし、ポケットに残ったわずかな小銭で、銀色のパチンコ玉に一縷の望みを託していたのだ。
大音響で店内に流れる軍艦マーチが、若い男の浅はかな希望の後押しをする。
若い男はパチンコの盤面を凝視しながら、念を込めるように最後の一投のレバーを弾いた。
勢い良く玉が天釘へと向かって走る。
天釘に弾かれ、踊るように落下して行くパチンコ玉。
風車に絡みつくと、玉は吸い込まれるようにチャッカーに落ちた。
チン、ジャラジャラ。
小気味良い音と共に、大量のパチンコ玉が下皿から吐き出される。
「ぃやったぁーーー!!」
男の念が通じたのか、最後の玉は、見事大化けをしてくれたのだ。
苔の一念岩をも通すとは、この事であろう。
「こ、コレで3日振りにマトモなメシが食える〜!!」
ツキが回って来たのか、男が弾く玉は次々にチャッカーへと落下し、見る見る内にドル箱が積まれ始めた。
「うおぉぉ! オレってもしかしてパチンコの天才かよ!
パチプロで食って行けんじゃねーの?」
打って変わってのあまりの好調振りに、ハシャギまくる若い男。
が、調子に乗り過ぎたせいで、隣の席の男に肘をぶつけてしまった事に彼は気付かなかったのだ。
若い男は横から不意に後頭部を掴まれ、パチンコ台のガラス面に勢いよく頭を叩き付けられた!
「がっ!!」
ガラスが割れる派手な音と共に、若い男の額からは血が噴き出していた。
「え? ……あ?」
自分に何が起きたのか解らずに若い男は困惑する。
一拍のタイムラグの後、激痛が襲って来た。
「い、痛てぇ……
何すんだよ! てめぇ!!」
血を流す額を押さえながら、男は隣の人間を睨み付けた。
欲望のままに生きる事が流行りのこの時代の若者である彼にとっては、喧嘩程度に躊躇は無い。
誰に喧嘩を売っているんだとばかりに吼えたてる。
が。
噛み付いた相手が悪かった。
そこに居たのは見上げる程の大男だったのである。
大男はそんな若い男のガンタレなどは意にも介さずに、今度は側頭部を掴むと、再びパチンコ台へと若い男の頭を叩き付けた。
そのあまりの怪力に、若い男の頭はパチンコ台にめり込んでしまう。
若い男のドル箱が転がり、パチンコ玉が店内に散乱した。
「うるせーよ」
大男は、無表情のまま立ち上がった。
大男は、竜崎達也の顔をしていた。
突然の乱闘騒ぎに、店内は騒然となった。
若い男の流血におののき逃げ出す客や、騒ぎを聞きつけ野次馬として取り囲もうする客で店内がごった返す。
一列に並んでいるパチンコ台の後ろで、当り玉を補給していた店員は何事かとパチンコ台の上から顔を出している。
店の奥から店員らしき男が数人、飛び出して来た。
見るからに普通の店員には見えない、がっしりとした体躯の、強面の風貌をしている面々である。
この店の用心棒の類いであろう。
用心棒の店員は、竜崎の肩を背後から掴んだ。
「お客さん、困りますね」
その手は、竜崎の肩を締め上げる。
「ちょっと奥まで来てもらえませんか?」
口調こそ丁寧だが、威圧するようにドスの利いた声で、用心棒は言う。
「さわるな」
竜崎は用心棒の手を払い除けるまでもなく、肩越しに裏拳を用心棒の顔面に叩き込んだ。
「うげっ!」
顔を凹ませ、用心棒が倒れ込む。
「てめぇ! ココを何処だと思っていやがるんだ!!」
野次馬を掻き分け辿り着いた用心棒が3人、竜崎の回りを取り囲む。
竜崎は無表情のままだ。
その怪し気な状況に、野次馬の客達は、店の外へと飛び出して行く。
気が付けば10人の男達に、竜崎は囲まれていた。
取り囲む男達の後ろから、サングラスを掛けた男がぬっと現れた。
どうやらその男が、コイツらのボスらしい。
「困るなぁ、<青空>さんよぉ。
見ろ。お客の皆さん、びっくりして帰っちまったじゃねーか。
聞いてるぜ、アンタ、竜崎っていったっけ?
この落とし前、どーつけてくれんだ? ああ?」
サングラスの男は、ねぶるように竜崎の顔を睨み付ける。
実はこのパチンコ屋、どうやら新しく出来た天地会の拠点のひとつらしい。
竜崎を取り囲む男達は皆、天地会の構成員だった。
「どーするもこーするもあるかぁ!
こーしてくれるんだよ!!」
今まで何処に隠れていたのか、青空組のチンピラが二人、竜崎を取り囲む連中の背後から襲いかかった。
手には小刀を握りしめている。
狙いはサングラスの男だ!
しかしそれは見抜かれていたのか、竜崎を取り囲んでいた男達に、いとも簡単に取り押さえられ、袋叩きにされてしまった。
「<青空>さんも、随分とセコイ真似してくれるじゃねーか」
サングラスの男はくわえたタバコに火を点けた。
ふぅと煙を吐く。
「もういい、かまわねーからそいつも畳んじまいな」
男達が竜崎に一斉に飛び掛かった!
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ゲッターロボ-The beginning- 006(第1章) ― 2008年03月23日 21時19分13秒
***
早乙女たちは、パチンコ屋に群がる人だかりを見て唖然とした。
青空組の詰所で、竜崎が数人を引き連れ、天地会の息の掛かったパチンコ屋に出向いたと聞いてここに来たのだ。
「イボマラのぉ、随分遅かったじゃねぇか」
青空組の幹部らしい男が、竜作を見付け、声を掛けた。
「中畑ぁ! てめぇの仕業か!」
スカした顔をする中畑と呼ばれた男の胸倉を、激昂した竜作が掴む。
「く、く、組長は事を荒立てるなと言ってたハズりゃ!
そ、ソレをきさまは泥をるるような真似をしやがりるれぇ!!」
あまりにも激昂し過ぎたのか、怒りをぶつけるべき台詞を、ちょっと咬んだ。
例の如く、竜作の口の中から血が滲み出す。
「組長は甘いんだよ。これからは金と力の時代だってことが解っちゃいないんだ。
オレに任せればホラ、ご覧の通り。天地会なんざワケねーだろーが」
中畑は掴まれた胸倉から竜作の手を払い除ける。
ついでに顔に飛んだ血まみれの唾も拭いさる。
中畑という男、竜作のその癖にはもう慣れ切っているのだろう。
顔に唾を飛ばされたというのに、冷静なものである。
「お前もいいかげん、オレの方に着け。
これからはオレ達二人で青空組を大きくして行こうじゃないか」
「てめー! どの口がそんらころを言ひひゃがる!!」
キスでもしてしまうのではないかというくらいに顔と顔を突き付け、ヌーという唸り声を出しながらお互いを睨み合う二人。
両手を後ろに伸ばして向き合うその二人の絵面は、子供のケンカにしか見えない。
青空組ってのは、こんなヤツしか居ないのだろうか。
二人に早乙女のゲンコツが飛んだ。
「てめーらの都合はどーでもいいんだよ! あの中に竜崎が居るんだな?
リッキー! 行くぞ!」
大きく膨れ上がったタンコブを押さえてしゃがみ込む二人を尻目に、言うが早いか、早乙女とリッキーは店内に飛び込んだ。
「竜崎! 居るのか!!」
二人が飛び込んだ店内は、まるで爆撃にでも合ったかのような状態だった。
パチンコ台は全てが壊れ、倒され、無傷の物はひとつとして無い。
床には割れたガラスの破片や、砕けたパチンコ台の部品、蒔かれたように散乱してるパチンコ玉で覆われている。
新装開店の店とは到底思えない程の、惨たんたる有り様だ。
竜崎を襲った用心棒達は全員、そんな廃材と化した機具に混じり折り重なって倒れていた。
「竜崎!」
視界を遮る物が無くなり見通しの良くなった店内の中央には、グラサンの男の首を掴み、片手で高々と持ち上げている大男の姿があった。
竜崎である。
竜崎は無表情のまま、早乙女を見た。
「……なんだ。早乙女か」
早乙女は竜崎の姿を見て驚いた。
細身であった竜崎の身体はプロレスラーかと思える程にパンプアップされ、背丈も10センチは大柄になっているのだ。
しかし、獣のようにも見える精悍な体格とは裏腹に、その顔色は死人のように土気色で、覇気という物がまったく感じられない。
たったひと月で、人はこんなにも変わってしまえるものなのだろうか?
別人のような竜崎の変化に、早乙女には同一人物である事すら疑わしく思えた。
「お、おまえ……本当に竜崎か?」
竜崎は無表情のまま答える。
「……ひどいなぁ、早乙女。俺に決まってるじゃないか」
感情の欠落した、何とも無機質な声色。
竜崎は、まるで軋んだ音を立てながら動く油の切れた機械のようにぎこちなく首を動かし、早乙女の方を向く。
その目には、生気ある光りが宿ってはいなかった。
「す、すまん。何だか別人みたいだぞ? お前」
竜崎の頬がピクリと動いた。
「なぁ、何があったんだ? 突然居なくなって、みんなお前の事心配してんだぞ。
とりあえずそいつを降ろして、オレ達と一緒に帰ろうよ。な?」
早乙女の言葉に、竜崎の頬がまたピクリと動く。
早乙女は竜崎をなだめるように、喋りながら一歩ずつ近づいて行く。
「お前が居てくれないと困るんだよ、研究だってなかなか進まないしさ。
ほら、こないだの実験。あれをさ、竜崎に検証してもらいたいんだよな。
だからさ、一緒に帰ろうよ。みんな、待ってるからさ」
早乙女は不要な刺激をしないよう言葉に気を付けながら、とにかくこの場から竜崎を連れ出そうとした。
こんな騒然とした場所に居てはダメだ。
説得出来るものも説得出来なくなる。
何で竜崎がこんな事になってるのかは、その後に聞けばいい。
しかし、友を思うそんな早乙女の気持ちが、当の竜崎に届く事は無かった。
竜崎の肩が小刻みに震え出した。
「……お…れは……」
「竜崎?」
「……俺は……俺は…………俺だぁああああああ!!!」
突然雄叫びを上げた竜崎は、掲げていたグラサンの男をまるで野球のボールか何かを投げるかのように、早乙女に向かって投げつけた。
尋常では無い怪力!
常軌を外れた行動に不意を突かれた早乙女には、飛んでくるグラサン男の身体を避ける事が出来ない!
あわててリッキーが早乙女を押し退ける。
腰を溜めてグラサン男の身体をキャッチした。
リッキーの力もそれはそれで尋常では無い。
「アンタぁ! 何すんのよ!
人間は投げていいモノじゃないのよ!!」
文句を言うリッキーの目の前に、竜崎の身体が飛び込んでいた。
5メートル程はあったハズの距離を、竜崎は一瞬の内に詰めていたのだ。
「うウぅぅおォ……
俺に命令……するなぁぁぁあああああ!!!」
叫ぶと同時に岩のようなその拳をリッキーの顔面に叩き付ける!
グラサン男を抱えてしまっているリッキーは両手が使えず、そのまま顔面を殴られ吹き飛んでしまう。
「リッキー!!」
自分を庇ったために倒されてしまったリッキーを見て、早乙女がキれた。
「竜崎ィ! てンめぇー! 自分が何やってンのか解ってンのか!?」
竜崎を連れ戻しに来た事など、瞬間頭から飛んでしまった早乙女が竜崎に殴りかかる!
が、鋼のような竜崎の腹筋はびくともしない。
「……俺に……触るなァァあああ!!」
払い除けるように振り回す竜崎の腕が、早乙女を薙ぎ倒す。
壊れたパチンコ台に叩き付けられる早乙女。
背中をしたたかに打ち付けた。
一瞬息が出来ない。
早乙女は床に転がってた角材を拾い、立ち上がりざまに竜崎の頭を殴り付ける。
「竜崎ィ! てめー! いいかげんにしやがれ!!
みんなてめーの事、心配してんだって言ってるだろ!!
美奈子さんだっててめーを心配して、わざわざ田舎から探しに来てくれてンだぞ!」
早乙女の言葉に、竜崎の動きが止まった。
「……美奈…子?」
「そうだ、田宮美奈子さんだよ。てめーの恋人なんだろ?
あんな美人に心配掛けやがって! てめー、何様のつもりだ!!」
最後の方は早乙女の本音が混じっているような気もしないではないが、美奈子の名を聞いた竜崎の瞳に、意志の光りが射したように見えた。
「……美奈子……」
動きの止まった竜崎を見て、早乙女は角材を手放した。
「そうだ。
今、和子さんがお前の下宿に案内してるよ。
だからさ、オレ達と一緒に帰ろうぜ。な?」
手を差し伸べる早乙女。
あれだけ無表情だった竜崎の顔が、苦悩するような、悲しそうな、複雑な表情を見せた。
が、次の瞬間、
「うわぁぁァあァアああああ!!!!!」
大声を上げ、竜崎は暴れながら店の外に飛び出してしまった。
野次馬の人だかりが、飛び出る竜崎を避けるため、モーゼを前にした海のように割れて道を成す。
「竜崎ぃ!!」
早乙女は咄嗟に追い掛けようとするものの、瓦礫と化している店内の足場の悪さが邪魔をした。
早乙女が店の外に出た時には、人間とは思えない程の敏捷さで飛び出した竜崎の姿は、もう何処にも見えなくなっていたのである。
「早乙女、あいつどうしちゃったんだろうね?」
店から出て来たリッキーが言う。
「わからない。
でも、竜崎の奴……」
……泣いていた。
そう。
早乙女にはあの時、竜崎の目から涙が流れていたように見えていた。
***
その騒ぎの一部始終を遠巻きに見ていた姿があった事に、その場に居た全ての人は、気付く事が無かった。
そして時期外れのトレンチコートを着込んだその姿が消えた時、子供が一人、泣き出していた事も。
母親は幼い息子がこの騒ぎに怖くなり泣き出してしまったのだと思い、子供を連れ、足早にパチンコ屋の前から立ち去って行った。
実は、子供の泣いた理由は本当はそうでは無かったのだが、子供の言う事があまりに突拍子も無かったので「怖い思いをしたから、何かを見間違えちゃったのね」と、母親は優しくなだめてあげるのだった。
その時、子供は隣に居る母の手を握り締めこう言っていた。
「お、おかぁさん……い、いま、ヘビ男がいたの……」
第1章<早乙女と竜崎と> —了—
To be continued.
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早乙女たちは、パチンコ屋に群がる人だかりを見て唖然とした。
青空組の詰所で、竜崎が数人を引き連れ、天地会の息の掛かったパチンコ屋に出向いたと聞いてここに来たのだ。
「イボマラのぉ、随分遅かったじゃねぇか」
青空組の幹部らしい男が、竜作を見付け、声を掛けた。
「中畑ぁ! てめぇの仕業か!」
スカした顔をする中畑と呼ばれた男の胸倉を、激昂した竜作が掴む。
「く、く、組長は事を荒立てるなと言ってたハズりゃ!
そ、ソレをきさまは泥をるるような真似をしやがりるれぇ!!」
あまりにも激昂し過ぎたのか、怒りをぶつけるべき台詞を、ちょっと咬んだ。
例の如く、竜作の口の中から血が滲み出す。
「組長は甘いんだよ。これからは金と力の時代だってことが解っちゃいないんだ。
オレに任せればホラ、ご覧の通り。天地会なんざワケねーだろーが」
中畑は掴まれた胸倉から竜作の手を払い除ける。
ついでに顔に飛んだ血まみれの唾も拭いさる。
中畑という男、竜作のその癖にはもう慣れ切っているのだろう。
顔に唾を飛ばされたというのに、冷静なものである。
「お前もいいかげん、オレの方に着け。
これからはオレ達二人で青空組を大きくして行こうじゃないか」
「てめー! どの口がそんらころを言ひひゃがる!!」
キスでもしてしまうのではないかというくらいに顔と顔を突き付け、ヌーという唸り声を出しながらお互いを睨み合う二人。
両手を後ろに伸ばして向き合うその二人の絵面は、子供のケンカにしか見えない。
青空組ってのは、こんなヤツしか居ないのだろうか。
二人に早乙女のゲンコツが飛んだ。
「てめーらの都合はどーでもいいんだよ! あの中に竜崎が居るんだな?
リッキー! 行くぞ!」
大きく膨れ上がったタンコブを押さえてしゃがみ込む二人を尻目に、言うが早いか、早乙女とリッキーは店内に飛び込んだ。
「竜崎! 居るのか!!」
二人が飛び込んだ店内は、まるで爆撃にでも合ったかのような状態だった。
パチンコ台は全てが壊れ、倒され、無傷の物はひとつとして無い。
床には割れたガラスの破片や、砕けたパチンコ台の部品、蒔かれたように散乱してるパチンコ玉で覆われている。
新装開店の店とは到底思えない程の、惨たんたる有り様だ。
竜崎を襲った用心棒達は全員、そんな廃材と化した機具に混じり折り重なって倒れていた。
「竜崎!」
視界を遮る物が無くなり見通しの良くなった店内の中央には、グラサンの男の首を掴み、片手で高々と持ち上げている大男の姿があった。
竜崎である。
竜崎は無表情のまま、早乙女を見た。
「……なんだ。早乙女か」
早乙女は竜崎の姿を見て驚いた。
細身であった竜崎の身体はプロレスラーかと思える程にパンプアップされ、背丈も10センチは大柄になっているのだ。
しかし、獣のようにも見える精悍な体格とは裏腹に、その顔色は死人のように土気色で、覇気という物がまったく感じられない。
たったひと月で、人はこんなにも変わってしまえるものなのだろうか?
別人のような竜崎の変化に、早乙女には同一人物である事すら疑わしく思えた。
「お、おまえ……本当に竜崎か?」
竜崎は無表情のまま答える。
「……ひどいなぁ、早乙女。俺に決まってるじゃないか」
感情の欠落した、何とも無機質な声色。
竜崎は、まるで軋んだ音を立てながら動く油の切れた機械のようにぎこちなく首を動かし、早乙女の方を向く。
その目には、生気ある光りが宿ってはいなかった。
「す、すまん。何だか別人みたいだぞ? お前」
竜崎の頬がピクリと動いた。
「なぁ、何があったんだ? 突然居なくなって、みんなお前の事心配してんだぞ。
とりあえずそいつを降ろして、オレ達と一緒に帰ろうよ。な?」
早乙女の言葉に、竜崎の頬がまたピクリと動く。
早乙女は竜崎をなだめるように、喋りながら一歩ずつ近づいて行く。
「お前が居てくれないと困るんだよ、研究だってなかなか進まないしさ。
ほら、こないだの実験。あれをさ、竜崎に検証してもらいたいんだよな。
だからさ、一緒に帰ろうよ。みんな、待ってるからさ」
早乙女は不要な刺激をしないよう言葉に気を付けながら、とにかくこの場から竜崎を連れ出そうとした。
こんな騒然とした場所に居てはダメだ。
説得出来るものも説得出来なくなる。
何で竜崎がこんな事になってるのかは、その後に聞けばいい。
しかし、友を思うそんな早乙女の気持ちが、当の竜崎に届く事は無かった。
竜崎の肩が小刻みに震え出した。
「……お…れは……」
「竜崎?」
「……俺は……俺は…………俺だぁああああああ!!!」
突然雄叫びを上げた竜崎は、掲げていたグラサンの男をまるで野球のボールか何かを投げるかのように、早乙女に向かって投げつけた。
尋常では無い怪力!
常軌を外れた行動に不意を突かれた早乙女には、飛んでくるグラサン男の身体を避ける事が出来ない!
あわててリッキーが早乙女を押し退ける。
腰を溜めてグラサン男の身体をキャッチした。
リッキーの力もそれはそれで尋常では無い。
「アンタぁ! 何すんのよ!
人間は投げていいモノじゃないのよ!!」
文句を言うリッキーの目の前に、竜崎の身体が飛び込んでいた。
5メートル程はあったハズの距離を、竜崎は一瞬の内に詰めていたのだ。
「うウぅぅおォ……
俺に命令……するなぁぁぁあああああ!!!」
叫ぶと同時に岩のようなその拳をリッキーの顔面に叩き付ける!
グラサン男を抱えてしまっているリッキーは両手が使えず、そのまま顔面を殴られ吹き飛んでしまう。
「リッキー!!」
自分を庇ったために倒されてしまったリッキーを見て、早乙女がキれた。
「竜崎ィ! てンめぇー! 自分が何やってンのか解ってンのか!?」
竜崎を連れ戻しに来た事など、瞬間頭から飛んでしまった早乙女が竜崎に殴りかかる!
が、鋼のような竜崎の腹筋はびくともしない。
「……俺に……触るなァァあああ!!」
払い除けるように振り回す竜崎の腕が、早乙女を薙ぎ倒す。
壊れたパチンコ台に叩き付けられる早乙女。
背中をしたたかに打ち付けた。
一瞬息が出来ない。
早乙女は床に転がってた角材を拾い、立ち上がりざまに竜崎の頭を殴り付ける。
「竜崎ィ! てめー! いいかげんにしやがれ!!
みんなてめーの事、心配してんだって言ってるだろ!!
美奈子さんだっててめーを心配して、わざわざ田舎から探しに来てくれてンだぞ!」
早乙女の言葉に、竜崎の動きが止まった。
「……美奈…子?」
「そうだ、田宮美奈子さんだよ。てめーの恋人なんだろ?
あんな美人に心配掛けやがって! てめー、何様のつもりだ!!」
最後の方は早乙女の本音が混じっているような気もしないではないが、美奈子の名を聞いた竜崎の瞳に、意志の光りが射したように見えた。
「……美奈子……」
動きの止まった竜崎を見て、早乙女は角材を手放した。
「そうだ。
今、和子さんがお前の下宿に案内してるよ。
だからさ、オレ達と一緒に帰ろうぜ。な?」
手を差し伸べる早乙女。
あれだけ無表情だった竜崎の顔が、苦悩するような、悲しそうな、複雑な表情を見せた。
が、次の瞬間、
「うわぁぁァあァアああああ!!!!!」
大声を上げ、竜崎は暴れながら店の外に飛び出してしまった。
野次馬の人だかりが、飛び出る竜崎を避けるため、モーゼを前にした海のように割れて道を成す。
「竜崎ぃ!!」
早乙女は咄嗟に追い掛けようとするものの、瓦礫と化している店内の足場の悪さが邪魔をした。
早乙女が店の外に出た時には、人間とは思えない程の敏捷さで飛び出した竜崎の姿は、もう何処にも見えなくなっていたのである。
「早乙女、あいつどうしちゃったんだろうね?」
店から出て来たリッキーが言う。
「わからない。
でも、竜崎の奴……」
……泣いていた。
そう。
早乙女にはあの時、竜崎の目から涙が流れていたように見えていた。
***
その騒ぎの一部始終を遠巻きに見ていた姿があった事に、その場に居た全ての人は、気付く事が無かった。
そして時期外れのトレンチコートを着込んだその姿が消えた時、子供が一人、泣き出していた事も。
母親は幼い息子がこの騒ぎに怖くなり泣き出してしまったのだと思い、子供を連れ、足早にパチンコ屋の前から立ち去って行った。
実は、子供の泣いた理由は本当はそうでは無かったのだが、子供の言う事があまりに突拍子も無かったので「怖い思いをしたから、何かを見間違えちゃったのね」と、母親は優しくなだめてあげるのだった。
その時、子供は隣に居る母の手を握り締めこう言っていた。
「お、おかぁさん……い、いま、ヘビ男がいたの……」
第1章<早乙女と竜崎と> —了—
To be continued.
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